act. 8-2



ゴッと鈍い音の後に、カシャンとガラス製品が割れるような音がした。私は床に倒れて右腰を少し打った。しかし、飛んできた物に当たって倒れたわけではない。 鈍い音は、物が壁に当たった音。私が倒れているのは、ブラックカオスが私の身を倒した所為。


「怪我はないか」

これまでの状況を理解できたのは、頑なに閉じていた目を開いた後だった。目の前にはブラックカオスが私に影を作っていて、その彼から伸びてる繊細な髪がサラサラと流れている。その横には、粉々になったお皿があった。




「おい、大丈夫なのか」
「っ、は はい」
「何故急にしおらしくなってる? 先刻まで混乱していたくせに」

……しおらしくもなる。心拍数で喉が詰まったみたいに呼吸が下手になってるってるんだもの。あんな、綺麗な数々のものがあそこまで近くにあって、鼓動が早まらないわけがない。
おばけが怖いくてどきばくしてた動悸とはまるで違う、重くて熱いこの動悸。

ブラックカオスは私から離れて転がった帽子をかぶり直し、杖を手元に出した。一振りしただけで物はまた床に落ち着き部屋は静寂を取り戻した。



「な、なんでこの家に心霊現象が…。私はアンデット族とかめったに使わないのに」
「今日対戦した奴がアンデットだっただろう」
「あ!」

そういえば、今日訪れたカードショップでアンデット使いのデュエリストと戦ったような気がする。

「あの主はカードを実体化させる力を持ってはいないのだろう。だが、下部たちの怨念を名前ッの力が実体化させたと考える」
「そんな、私あの人に失礼なことはしてないよ」
「自分の主が敗北すれば、どの下部でも負かしてきた相手に好い気はしないだろう」
「……ブラックカオスも?」
「私が原因で敗北したのでなければとくに何も」
「あ、そうですか…」
「それより、本当に怪我はないのか」
「えっ うん」

本当は右腰が少し痛いんだけれど、そこまで激痛という訳ではないし、ちょっと見せ難い所なので誤魔化し笑いで流そうとする。だけどやっぱり感が鋭いブラックカオスは疑いの目で私を刺す。

「見せてみろ」
「え」
「見せろ」
「いや、だから…本当にないって……、――!!」

肩がびくっと跳ね上がる。冷たくて細いブラックカオスの指が私の腰にそっと当てられ、そして優しく接していた指は私の服を潜り、直に触れてきた触れてきた。ちょ、ちょ、なにする、やめ

「やはりな」

険しい顔でそう言うと、服から手を引いてキッチンへ向かっていった。 キッチンの食器棚に置かれていたコップやお皿は、ポルターガイストによっていろんな所へ飛ばされたから乗ってるのが少ない。ブラックカオスは違う戸棚を何回か開閉して目当ての物を手に取ると次は冷蔵庫に手をかけた。がしゃがしゃ音を立てて何かを作ってる。



「座れ」

ソファに腰かけた私の腰にそれを当てた。当てられているのは氷が詰まっていて、服越しから冷気を伝えてくる。ブラックカオスの指先と同じぐらい。じんじんと痛んでた感覚が徐々に引いていく。




なんだろう。今日は、妙に優しい気がする。

「あ ありがとう。ブラックカオス」

彼は何も言わなかった。

いつもお礼を言う時は私が何かやらかした後で、ブラックカオスは『どれだけ稚拙なんだ』とか『とんだ人騒がせだ』と私を託つのに、今はただ私の傍で黙して長い睫の付いた目で瞬きを繰り返しているだけだった。

本当に、………調子が狂う。


「魔法で治せるんじゃ…」なんて野暮なことも言えない。今までに得られなかった柔和なこの時をぶち壊すの勇気なんて、私にはない。






  

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