Hold me
マジック&ウィザーズとは高度な思考が求められるゲームである。カードとカードを駆使すれば、戦術は星数ほど案出が可能だ。 名前がこのカードゲームを知ってから今迄、強くなる為研鑽を積むのは日課だった。机に向かって学習に励むなど大嫌いであった彼女とは、到底結びつかない。 駆け出しの頃は負けても素直に自分の敗北を認めていた。相手に敬意を忘れない姿勢は、まさにデュエリストの鏡と言えただろう。
名前は闘い重ねる度マジック&ウィザーズの深みに嵌っていき、気がつけばこのゲームを衷心から愛していた。そんな健気で廉直だった名前と、仕える剣士の話を訊いていただこう。
最近の彼女は、デュエルに負けっ放しなのだ。彼女が使用するデッキは、流行りのデッキより不敗側へ偏り気味なのは明らかだが、決闘者を相手に出来る戦力は十分にある。ならば何故敗北を繰り返してしまうのか?
名前は自分で所以を辿ると『自分が弱いから』『デュエリストとして未熟だから』という仮説に落ち着いた。小さかった仮説は徐々に成長を遂げ、束の間にか名前にとって最大の問題となっていた。
そして背負う爆弾の重みは、カード達と名前との間に差を造り出して行ったのだ。
部屋は無明の闇、デッキを窶れた手で抱いている名前。手を添えるだけで脳裏に蘇る、デュエリストと戦った日々。
フェイバリットカードを眺め思いを巡らせる。
自分はもう、このモンスターを使い熟せない。持っていても宝の持ち腐れなだけ、有能で豪然たる彼とそぐわない。 こんな夜を名前は幾度も過ごして来た。
カードは手放すことは出来ても、思い出は末梢する事は出来ない。しかし、今宵で心苦しい気分から解放されるだろう。
「ごめんね、サイレント・ソードマン」
輝きを失った泪が頬を流れポタリと剣士の上に落ちる。その滴は有り余る未練の如く、乾きもせずカードに滲みもせず膠着して居た。
名前はデッキを置いて携帯電話に手を伸ばし、覚束無い指でボタンを押した。そして何処かへと発信する。
「……もしもし、私です。
―――――――――…、…………………。
…―――――。
はい。……はい。わかりました。
それではまた翌日」
相手が切ったのを確認した後通話を切り、携帯電話をソファに投げ自分はベッドへと倒れ混んだ。 ただの時計音が、別れへのカウントダウンへと変わる。
深夜を過ぎた頃。 月光と同じ輝きを連れ、サイレント・ソードマンが部屋に姿を現した。
「サイレント・ソードマン、
話はあるんだけど…少しいいかな」
明らかに普段よりも気鬱で居る彼女に、剣士は何も問わず静かに頷いた。名前に一層緊張が高まり息を呑む。
「貴方を、他のデュエリストに渡す事にしたの」
この一言で表情を蒼然とさせる。口にしてる言葉がどれだけ卑劣かは、述べた本人が一番わかっていた。
でもこれでいい、会えなくなる事も承知の上だ。 きっと腕利きのデュエリストが剣士の本領を発揮させてくれる。闘う事が生きる事である彼らには幸せこの上ない生涯を送れるだろう。 愛しているからこそ、出せる結論だった。
「や、やだ。 離して」
サイレント・ソードマンに引き寄せられる名前。拒否反応を取ると彼の腕力は逆に強まった。 この広い肩幅に包まれるのは今日が初めてでは無い。だから名前の体は覚えていた。抱き締め方、凛々しさが伝わる胸板、身を包む腕の感覚が。
「貴女以外の決闘者と栄光を掴んでも、何の価値も示しません」
サイレント・ソードマンから発されたその声は、彼女の身の奥まで轟く。追い縋る衝動から逃れる術はない。
「離してよ。 息が 出来ない」
「それは涙の仕業です」
「違う」
「ならば目から溢れる雫は何というのですか」
「…………。 貴方はいつでも私に忠実にいてくれていたじゃない。私は貴方に栄光を掴んで欲しい。それが主人の願いなんだよ」
「そんな言い付けに従うくらいならば、俺は貴女の下部を辞めます」
「……そう。それでいいの」
「誰の元にも付きません」
「……っ……いい加減に…!」
「それなら名前を真っ当に愛せるのだろう」
引き離して名前の顔を掴む。正面には剣士の泣き顔、左目からの涙があった。
「繋ぐ関係が最初から恋人であったら、貴女は俺を手放さないはずだ」
「仮説ね。でも、結局は勝てないんだよ。主と下部の関係に」
何を言っても無駄だと虚ろむ名前。少しずつ闇に生気を吸い取られていく様だ。
「貴女は弱くなった。心も決闘も」
「……わかってる。だから、今こうなってるの」
「弱体化の原因は、貴女の力不足の所為ではない」
「…?」
「時代の気迫に押され、下部が攻撃され墓地に行く姿を見たくないが為に、防御手段ばかりとるカードを使用していた」
「…………」
「もっと俺たちを信じて欲しい。そして、初めて出会った頃の貴女に戻ってくれ」
「…………………」
「名前……!」
「今までありがとう」
愛しているから手放す心と、愛しているから離れたくない心。2つが共鳴し合っていた日々は幻影となる。
強豪デュエリストの元に渡ったサイレント・ソードマンは新たな暮らしを始めた。
彼を巧みに綾なす新主と共に壮絶な決闘を繰り返し、世界を揺るがすプロデュエリストの下部として名声を浴びるようになった。 これも名前が齎した栄光。だが彼には造り物のガラス細工でしかなかった。
本当はあの抱擁でわかっていたのだ。名前はもうデュエルを行う精神が残されてないと。 それでもあんな無駄口を叩いたのは、名前に少しでも「闘いたい」という意思を蘇らせる事が出来れば、別れずに済むと考えたからであった。
所詮無駄口は無駄口 と思い知る彼は酷薄色に染まる。
敵を斬殺する器具となった剣士の身は、今日も名前からの抱擁だけを求めていた。
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