愛おしさと共に


触れたらきっと柔らかく心地がいいのだろう、その黒い羽のようなマスターのまつげが頬に影を作る。普段気恥ずかしくてじっくりと見たことない彼女の顔を眺めていると目元にほくろがあったり、唇がふっくらしていたりと、諸々の情報が頻りに入ってくる。
静寂にみちた部屋には、時計の刻む音と外からの乗り物の音しかない。雲で欠けている月は、どうか顔を出しもう少し彼女を照らしてくれないだろうか。

「んっ…」

マスターが一人肩を揺らして手からカードがこぼれ落ちる。それを拾いマスターに渡すと、目をこすりながら、ありがとうとおっしゃった。

「私、今寝てた?」

問いに俺は頷くと彼女はあどけながら誤魔化しの笑みを浮かべた。無理をしているんじゃないかと
いう俺の思いを悟ったのか、マスターは目を見開いてぺちぺちと頬を叩いて鼓舞をする。

「大会はもう明後日だもんね。作戦もっとならなくちゃ」

叩いて赤くなった頬が痛そうで、痛みの緩和に努めたい諸手が疼くけれど、触れるなんて恐れ多い行動は、きっと今の俺にする資格はない。俺はただの下部なのだから。情けない事に、言い訳にしか聞こえないそれは、俺がここに存在していい唯一の理由なのだ。


テキパキとデッキの罠、魔法、モンスターの割合を数え綺麗にテーブルに並べていく。唸る彼女の横顔をただ静かに眺めた。時々羅列されたカードの視線を送りながらも、やはり眺めて幸福を感じるのはマスターの姿だけで、どうしても彼女の顔を見つめてしまう。
………、……………。
瞬きの間合いが緩やかになってきた。そして、何かに吸い込まれるようにマスターは瞼をとじた。

「!」

ことん、と物が肩に落ちた。それは俺がずっと見つめていた彼女の顔。
鎧と装備をはずした肩にはインナーしかなく、彼女の頭の熱がじんわりと伝わってくる。
動いたらマスターを起こしてしまいそうで、瞳孔が開くのが精一杯の行動だった。彼女の呼吸のしずかな音と頭痛に似た自分の心臓の音。聞こえてしまうんじゃないだろうか、こんなに近かったら、なんて考えるのは緊張で頭が混乱しているだけか?

起こさなければいけない。起こしたくない。触れてはいけない。触れたい。
下部である俺と、ただの男である俺がしきりに体内で入れ替わってる。けれど、後者の方が圧倒的に勝っていた。俺は自分の欲に正直なのに少しショックを受けた。
きっと貴女は知らない。
寡黙で堅物だと呼ばれるモンスターが、心の内で考えている事を。

この時間が永遠に続けばいいと思うのが愚かだとわかってる。
理解をしているのにもかかわらず俺の手はマスターの寄りかかってる逆の肩に伸びた。そして、刃の竿しか掴むことがないこの手が、細く暖かいマスターの肩を掴んだ。






「こらーーーー!!サイソド!!」
「!!!」

腕ががたんと揺れてマスターの肩から外れる。

「んぁっ!?」

けたたましい音に驚いたマスターがぼやけた目で状況を把握しようとする。
部屋に浮かぶ魔法陣には、俺を指差し滾っているサイレント・パラディンと、腕を組んで俺を険しい目で見るサイレント・マジシャンがいた。

「何やってんだよアンタ!」
「ど、どうしたのパラディンそんなに怒って」
「どうしたのってマスター!ダメじゃないですか男の前で寝ちゃ!」

パラディンは俺の肩を掴み、いつも荒い気性を最高潮にして声を荒らげる。

「今マスターに何しようとしてた!言え!言え〜〜!!」

「マスターこちらへ」
「う、うん」

サイレント・マジシャンは、パラディンに説教されてる俺からマスターを連れて二階へ行ってしまった。






「眠いのでしょう。今日は無理をなさらずにおやすみになって下さい」
「うん…」
「?マスター、顔がお赤いですが、熱でも?」
「ううん、違うの…」

(やっと触れてもらえた)

勇気に似た下心が一矢報いた事を、今だに俺は知らない。

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