しもべの供述


最近の私はおかしい。体の一部がではなく、心の中が。モンスターとして生まれ魔法使いになり理不尽な使命を課されても自分を保っていたこの私が、昨今確実におかしいのだ。医者に診察してもらった訳ではないが、きっとこれは重度の物だろう。

私は落ち着くために湯を沸かし珈琲豆を手に取った。
マスターが親元を離れ、この賃貸に暮らし始めて早3か月。キッチンの戸棚には私と共に買った、同じ柄のマグカップが置いてある。そんなただの陶器を眺めるだけで彼女の顔を思い出した。
マスターが実家に過ごされていた時はこんな症状はなかった。きっとその頃は、マスターがまだ社会に出ていなかった為、一緒の時間を多く過ごせていたからだろう。そうだ、その通りだ。だから決して、私が彼女の存在に対して貪欲な訳ではない。


「ただいまー。さむいぃ…」

帰宅を知らせたマスターは分厚いコートと首のマフラーに溺れているにも関わらず、体を震わせていた。

「おかえりなさい」
「いいなーあったかいの飲んでる。私も私も」
「入れますから、コートはちゃんとかけてください」
「はーい」

こんなやり取りももう慣れた。私もモンスターの下部でありながら、生活に関与しすぎだとたびたび感じる。

「今朝は夜食事会と仰っていたので遅いのかと思っていました」
「んー。久々の飲み会だったけどあんまり乗り気じゃなくてね」
「そうでしたか」

そんな事を言いながらも酔いが回っていると、背後越しの会話からでもわかった。
キッチンで沸かし直した湯をマグカップに注ぎ、砕いた豆を溶かす。熱くなり過ぎないようミルクを混ぜ彼女好みの砂糖を入れてリビングへ運んだ。



目に飛び込んできた光景に、マグを掴んでいた手が揺らぐ。

「…なんて格好をされてるんですか」
「ん、え?」

マスターは床のクッションに上半身を任せて横になり、足を包んでいた布を脱いでいた。

「ストッキング脱いでるだけだもん」
「いつも脱衣所でなさるでしょう」
「もう立てないのー」

この様子じゃそうとう飲んでいらっしゃる。珈琲より水を飲ませた方がよさそうな気がしても、その時の私はどうしてなのか黙って机に珈琲を置くだけだった。机にある自分の冷め切った珈琲をのむ。



この双眼が“それに”に留まるのは、私の意思ではない。これは私の“男”としての性が悪さをしている所為だ。
力のない手でずらされる足の肌着。何の変哲もない黒のひざ丈のスカートが、座ってることにより太もも上までめくれ彼女の足を妖艶に見せていた。肌に通る蛍光灯のひかりに、口に含んでいた珈琲が大げさな喉音を出す。



「あづっ!」
「!」

マスターのコップから珈琲がこぼれ、彼女の頬とワイシャツを汚した。

「大丈夫ですか!?」
「あづいーーっ、うえ〜」
「やけどになります。着替えましょう」
「うー…」

ダメだ。完全に昏睡寸前だ。肩を支えどうにか彼女の脚を床に立たせて洗面所へと向かった。
連れてきて初めて気が付く。やけどを防ぐには彼女の確かな意識の元で服を脱がなければいけない事を。私が脱がすのはあってはならない。

「自分で脱げれますか」
「ひゃい」
「寝間着は確かこの棚にあるか……。はい、これを。私は後ろ向きますから、どうか自力で着替えてください」
「んう―」

立たせるのも不安な彼女を背にして私は目を閉じた。しかし閉じた目はすぐ開ける。音に過敏になるから止そう。
マスターの肌と布の擦れる音。熱を持った服が床に落ちる音。
本意じゃない。本意じゃなくても、それらが私の身体の中をかき乱すのだ。




「寒い!」
「!!」

音のしなくなったと思った次第にマスターが後ろから私に体を重ねて来た。火照った体温が、私の背中に移る。
き、着替えたのだろうか?しっかり上半身を隠したのか?頭が困惑する。音を真剣に聞いていた割には彼女の格好の状況を知れていなかった。
私の腹に回っているマスターの腕が更に力を増す。

「ま、マスター、落ち着いて…」
「寒いよぉ。あっためてよぉ」

マスターは背中に顔を押し当てる。回された腕に長袖が通っていたので幸い服は着ているようだった。

彼女は私が離そうとしても動じようとしなかった。寒いなら早く寝床に行こうと言いたい。このままだと風邪をひいてしまう。けれどダダをこねる彼女に一向に私の意思は通りそうもなかった。



………これは、しなければいけない事だ。決して私のやましい部分の独断ではないのだ。酔っている彼女に、後々どのくらいの意識があるかは分からない。けれど私は切り出す。

しがみ付くマスターを少し強引に張がす。そして私の正面に向ける。そして彼女の背中に腕を回して抱きしめた。
先ほど見た彼女の腕は思ったよりも細かった。

「んぅ」
「苦しくないですか」
「……あったかい」

彼女は満足そうに喉を鳴らした。

「す―…」
「!?」

ね、寝ている。この破天荒さは天性の物なのだろうと思い知った。
規則的な呼吸を繰り返す彼女に、私の上がっていた肩はようやく緊張から放たれる。






マスターを横抱きにしベッドへ運ぶ。寝室に暖房をつけて、湯を入れたタンクをマスターの足元に置く。

やんちゃな睫もこうして静かに閉じていれば大人の女性そのもの。学生だった頃の彼女をしる私にはどうしても感慨深く思えてならない。いつかさらに大人になり私の世話焼きさえいらなくなるだろう。
私は喜ばしい事を受け入れる事ができるのか、そう考えて暫くの夜を過ごすだろう。


私はマスターの火照った額にキスを落とした。

「おやすみなさい、マスター」

これをすれば私の下部のしての一日は終止符を打つ。これ以上はまた彼女の意識がある時に、お互いの同意のもとで行いたい。
それは下部でなく、私の男性としての独断で動くのであろう。



ゆあ様、リクエストありがとうございました!


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