ただ生きてと願った歳月


この世界は、我らの世界とはかけ離れている程、空気が汚れている。そうサイレント・マジシャンは言っていた。そんな世界に名前は生きていると思うと、俺は嫌な気持ちになった。

この前、名前を我らの世界へ連れて行けばいいだろうと提案したところ、それは不可能だと言われた。不可能な理由は説明されたが、良くわからない。人間とモンスターの違いなど、さしてかわらんと思う。強いていうならば、寿命しかないだろう。人間は複雑怪奇だ。

「うわぁ、寒い…」

冷たい風を受けながら歩く名前の上を飛ぶ。遥か遠くの景色に灰色のビルという建物が並ぶ。色のない世界。自然のない住みか。嗚呼、我もこの世界は好きじゃない。

「ついたよ」

名前が立ち止まった所は、小さな木で囲まれた内に石が沢山並んでいる奇妙な場所だった。

「ここが、名前の先祖が眠る場所か」
「うん」

石の前に置かれた棒のようか物が空へと煙を伸ばして空気に交じる。

「名前もいつか、ここに眠るのか」


名前は「そうだよ」と、どこか辛そうに返した。

紅の光が注がれている石から名前に視線を戻すと、ついに本格的に悲しそうな顔をした。

「死に方っていろいろあるよね。病気で、安楽死で、自殺で、殺害で………」

唐突に死に方の話をするのは、死に方を気にしているのだろうか。実際死に際になれば、死に方など選べないだろうに。

「人間って、本当に傍にいて欲しい人が隣にいない死が一番多いと思うの。死ぬまで一緒なんて、ありえない」

名前は、ひとつの石の前で止まり、頭の上に溜まった枯葉をはらってそう言った。そしてぼそりと「ごめんなさい」と呟いた。この石の下に、名前の先祖が眠っているのだろう。



「名前」
「なに?」
「お前が求めるなら、ずっと傍にいる」

並木が風で揺れた。赤い葉が舞い散り名前の表情を隠す。葉吹雪が止むと、名前は泣いていた。

なぜ。

なぜ涙を流すのだ。いつも柔らかい目が湿気でふやけてる。



「そんなの悲しすぎる。
あなたを置いて、私は死んでしまうということでしょう?」



ぽろぽろと小粒の涙を流ししゃっくりを繰り返す彼女。そんな名前の前にいる俺はどうしようもない気持ちになった。傍にいる、なんて言葉は知能を持つ生き物ならとても優しくて暖かな言葉ではないのか。

私はただ、生きて欲しいと思ってそう言ったのだ。名前と共にずっと生きていたい。そう、思っただけだ。


      





……ーーーそんなこともあった。もう約60年前の話だ。もう、この世には名前はいない。

その時の我はとても愚かであったと思う。人間の寿命はドラゴンの寿命の十分の一なのだと、当時は知らぬ情報だったのだから。

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