アイアンメイデン
「私ってなんで彼氏できないんだろう」
表紙に何やら色とりどりの文字ばかり書かれた本を顔から引き離し、マスターが重々しくつぶやいた。
「日頃、デュエルが弱い男には興味ないと啖呵(たんか)を切っているのが原因かと」
「……………そう、だよね〜。やっぱ…」
彼女は心底残念そうな表情をして肩を重力に委ねた。マスターが落ち込むのも無理はなかった。主へのお膳立てではないが、マスターはデュエルが強いのだ。強いだけではない、デュエルを行うその場の人間全てを魅了する。まさに完璧なデュエリストといったところだった。
「どんな輩も、貴女には敵わない」
「私はそこまで強くないよ。パラディンが強いおかげ」
いつも彼女はそう言って謙遜をして頬を染め上げる。彼女の手なずけるモンスターの中で一番近い私が、彼女の強さは本物だとわかっているのだから、本物だ。そしてそれを褒めると必ず彼女には否定されると分かっていても、私は定期的にその表情を眺めたい習性がついていた。
「待てよ。いや、パラディンの所為だよ」
(無茶だ)
私はマスターの縁談を切るためにこの剣を振るってるのではない。しかし、マスターとどこの輩と接触は好ましくないのが正直であった。
「あ」
名前は目を白黒させ私を見た。冗談めいた声は、思いもよらぬ言葉をはなつ。
「なら、貴方が私の彼氏になってよ」
「!」
「なんで黙るの?」
………マスターは、時たまにこうした発言があってこめかみが痛くなる。
彼女の中ではいとも簡単に解決したような顔で明るさを戻した。
その光をかき消すわけではないが私は“交際する”というのはどういう事かを諭した。
「マスターは、私とキスをしたり、抱擁をし合ったりしても構わないのか」
「!」
マスターの顔色がかぁっと赤くなる。
「か、構わないって……」
「嫌だとは思わないのか」
普段負けん気の彼女のこんな顔は私にしか見れない。マスターは小さな手を暫くこねた後、ぼそりと呟く。
「………え、えーと。嫌、ではない」
まさに水に浮かぶ泡のような返事に、溜息が出そうになる。そんな返事になってしまうなら軽々しく言わないでほしかった。それを言った相手が私でなければ、危険な目にあっていたかもしれない。
「嫌じゃないって言っただけだよ。…………………ただ…、」
「ただ、なんだ」
「……ドキドキはする」
「……」
………そんな、喉が乾くような事を言われてしまったら、得体のしれぬ体内の何かに惑わされ、マスターを引き寄せてしまいそうになる。
私は過ちを犯すまいとぐっと抑制し、話すことだけに神経を向けるよう努力した。
「………それは、他人異性と接する、からか。それとも“私”と……接するからか」
「なっ、もういいやめようこの話!」
席を勢い良く立ったマスターは私の視線を遮断しデッキをあさり出した。
「よく考えれば、私とパラディンは、人間とモンスターなんだから………。そんな関係になれないじゃない」
卑怯だ、貴女は。
私は、貴女自身が私に、この私に歩み寄り共に過ごしていく道を選択してくれるのならば、いつでもこの地位や倫理を投げ捨てる事が出来る覚悟があるというのに。
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