Drive me crizy


部屋の窓ガラスが結晶の模様を浮かばせる今宵、きっと奴は私を苦しめる為に姿を表すだろう。

その人物ーーーーいいや、生命物体の存在を心で浮かべてしまうと私の心臓はうるさく脈打ち、体を寝床に横たわることが出来なくなるのだ。

防寒に優れた服に包んだ私は、電気がついていない部屋の中、吹き込む暖房の風と加湿器の音を聞いて時間を無駄遣いしていた。この心の疼きがなければ、この時間は私の体を修復する貴重な睡眠時間になるのに。

私ははカーテンが開いている窓より、はるか向こうの金色を見ていた。
ーーーーー下弦の月。
あの鋭利なフォルムは、まさしく奴にお似合いの物だった。
夜の空なんて、深夜にカーテンを閉めている以前の私なら全く見ないものなのに。冬の夜の空は綺麗だというのもアンナやつのおかげで知る事になるとは、なんて皮肉なんだろう。




「こ、ん、ば、ん、わ。」
(やっぱり)

背筋に氷が走るような声と同時、一匹の蝙蝠が私の眺める空を仰いだ。住宅街のこの空には似つかわしくない、艷やかな羽と見事な爪の蝙蝠が夜空をバックに私の前ではたはたと黒をチラつかせた後、その蝙蝠は私の窓の縁に足を降ろした。

「今宵も、お機嫌いかがですか?名前さま。」

他人には絶対に、理解できないだろう。先ほどの小さな蝙蝠がたちまちにシルエットを変えて、美しい青の髪をした成人男性に変わるだなんて

そのありえない現実を起こしたその男は、着用している長く重そうなマントを翻し私に頭を垂れたあと、不適に笑ってベッドに腰をかけている私を見下げた。

この男は、モンスター。

人間ではない、私とも現実ともかけ離れている存在のヴァンパイアだ。

彼はいつもの薄っぺらい笑顔を私に見せたあと、我が物顔で私の部屋へと足をおろした。

私は、なんども彼に言ってある。
貴方の主は私じゃない。と。

けれど彼はそんなことを耳に止めてくれなかった。私が立てる拒絶の壁を、至極簡単に打破しては、今日みたく私の前に姿を表すのだ。


「嗚呼、なんて嬉しい。」
「…なんで」
「最近毎晩ではないですか。こうして迎えてくださるのは 」
「…………寝たら何をされるかわからないから」

女子としては最低な愛想を投げつけると、彼はおどけた様に手を翻して、華奢に見える肩をひょいと挙げた。

私は彼の挙げた腕の、あるものに目が止まった。暗くてよく分からなかったが、かすった程度では出来上がらない様な痛々しい傷後が、肘から手首にまで無数刻まれていた。

私の視線に付いたのか、彼は自分のその傷口を爪の長いゆびで意地悪くなぞった。

「フフフ。いつものやつですよ」

彼はヴァンパイアだ。倒しても葬っても、蘇るのだ。残酷な効果を背負ってからずっと、生まれ最初か最後まで、死と生を行き来している。何度も。そう、私が生まれる前から何度も。
そし私と出会った彼はこう言って笑うのだ。

ーーーー貴方は今まで出会ってきた女性のなかで、一番美しい。こんなことを言う男はキザだとお思いでしょう?ですが私はそこらにいる人類の男とは違います。何十年も生き、普通の人類の倍に人類を見てきました。その私が美しいと思ったのは、貴女、たった1人だけなのですよ。ーーーー………




妙に説得力があるお言葉で、ファンタジーじみた話にも関わらず、自分が好かれていることに微量の嬉しさを感じた。しかしだからといってこんなものに素直にありがとうと、言える人間がいらだろうか。
自分を好きと言っている相手が、モンスターなのよ。やっかいな相手にもほどある。

元はといえば、私の友人がすべての元凶だった。
友人この『ヴァンパイア・ロード』をデッキに入れたのがこの深夜の逢瀬の始まりだったのだ。

私は少し気だるい声で言い投げた。

「…いい加減、夜で歩くのやめてもらえないかしら」
「なら私の主に行ってくださいませ。夜までデッキ構築して、とあるヴァンパイアを暇にさせないで、と」
「デッキ構築をして、〇〇くんは前みたいな回転率のいいスムーズなデュエルがしたいって言っていたわ。」

私が一言でも異性の話をすると、彼の眉はぴくりと動く。彼は笑顔のままだが、その目から上のアクションで心理的感情がどのような物かは頭が良くない私でも分かるもの。

「………会って、話されたのですか。」

声のトーンは低くなっていないのに、棒読みになるだけで、すこし空気感が重くなったのを感じた。しかしヴァンパイアロードは直ぐに一人で口角をあげて笑顔を見せた。そして血色の悪い唇は残酷な事を口走った。

「我がマスターが貴女とお付き合いをするというのなら、俺はマスターを殺めますよ」
「自分の主になんてことを…!」
「あのお人に、忠誠なんてものは端からないのです。あるのは、……名前様 あなたを思う気持ちだけ」

夜中に魔物が居るという注意が足らなかった。私はヴァンパイア・ロードに腕を引き寄せられ、腰をがっしりと掴まれてしまった。
だいぶ差がある高身長なヴァンパイア・ロードの鋭い眼差しが私をとらえる。

吸血されてるわけでもないのに体にしびれが走る。動けない。眼差しと言葉に酔いしれて流れてしまいそうだ。

(………怖い)

目の前にいるこの男が怖い。

この男と、結ばれてしまうのかと思うと心底怖い。溺れてしまったら取り返しがつかなくなる。私はそれが分かっていた。だから、心臓が身の危険でどくどく言っている訳じゃないと知っても、知らぬふりをしていた。

モンスターと結ばれるなんて、許されるはずがない。正気の沙汰じゃない。大事な人生での伴侶に、モンスターを選ぶなんて。

頭に廻る自分の倫理を散乱させる唐突さで、ヴァンパイア・ロードは私の顎を掴み、くいと上に持ち上げた。

「貴女のこころ、体、血が欲しい」

どくん、と返事をするように心臓が波打った。

「貴女しかいらない。血も、貴女のものしかほしくなくてもう長い間吸っていません」
「!! じゃあ、何も食べてないの……?」
「ええ」

だからだ、このやつれた顔。最近デュエルでも力を披露しなくなってたもの。

「血…、飲みたくならないの?」
「言ったでしょう。貴女の血以外、飲みたくもない」
「それで倒れたりしたら、私の所為…?」
「倒れたとしても、ほかの血を飲むよりマシです」

彼は本気だ。それなのに私は怖いって逃げ回る。







「今日だけ、」
「え?」

ヴァンパイア・ロードは目を見開いて聞き返した。

「今日だけ私の血をあげる」

自分でも何を口走っているのか理解出来なかった。でも、彼に倒れてほしくないという思いが私を操っていた。


「悪いものでも食べました?」

皮肉の一片もないんだろうが、私が尋常ではないと彼も見受けたのだろう。

「私の所為になるの、嫌だから」
「……宜しいんですか?」
「気が、変わらない内にして」

ヴァンパイア・ロードの喉がごくりとなる。そして、手を私の顔へと伸ばしそっと頬にふれた。冷たくて爪の長い親指が私の唇をなぞる。ヴァンパイア・ロードの苦しそうな目で長い間みつめられたが、唇にキスが落とされることはなかった。


これは、ボランティアだ。血を分け与えてあげるだけだけだ。献血だ。ふらふらな彼と戦うなんて、弱いものいじめのようだったから。だから、一回だけわけてあげるんだ。私は何度もボランティアと自分の心に言い聞かせた。彼への思いを認めたくないから、そう言い聞かせた。

首後ろに手が滑っていく、ぞくりとする衝動からはもう逃げられない。私は覚悟をきめた。





「…………っ」


それは、注射を打たれる感覚に似てる。でもそれより遥かに、痛くて、甘い、痛み。じんわりと体に広がっていくその波動は
直ぐ側でなるリップ音にぞわんとする。血だけじゃなく他の何かが吸い上げられているようだった。
手に力が入らなくなる。名前も分からぬその痛みに恐怖心に、

―――――――溺れる。

そう思った。何かに捕まらなければと、今出せる力で手をあげた。すると助けるように、ヴァンパイア・ロードが私の手をとり指を絡めた。



…………………ああ、

世間体といって彼を気持ちを拒める時間も、もう長くはないだろう。私は薄れゆく意識の中そう思った。


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