利己主義セレナーデ


「マスター」

不安げな声で名前を呼んだエルフの剣士は、姿無き何かに慄いて周囲を見計らう。

「ずっと気になって居たんですが……。マスターは、ブラック・パラディンさんの事、恐ろしくはないですか?」
「私はそんなことないけど…、どうして?」

名前とパラディンが主従の上をいく関係なのは、彼女の下部なら知っていて当然の話で、何故今さらそんな質問をするのだと名前はきょとんとして問を返した。吃った彼の口から出る声は、より小さくなって二人しか聞こえなくなる。

「デュエルモンスターズ世界では、何者も恐懼であの方に近寄れないので……」
「まあ……あんな外見だからね。でもパラディンが敵と見なすのはドラゴンとかの魔獣でしょう。怖がる必要はないよ」
「確かにそうではあるんですが、なかなか近寄り難くて」
「すごく優しいんだよ、パラディンは」
「! と言いますと?」

デュエルモンスターズ界きっての威厳オーラを持つ彼から優しさを連想するなど不可能であっても、彼を一番知っている彼女が言うからには定かなのだろう。しかし、若き好奇心を持つエルフの剣士に、勘ぐりたくなる気を静めれる道理はなかった。

「パラディンは、デュエルをレクチャーしてくれたり風邪引いたとき看病してくれたり、悲しい事とかあった時 話を聞いて励ましてくれたり……。それにね、パラディンって可愛い所も結構あるんだよ。昨日の昼間なんか窓の外ずっと見てて、何してるんだろうと思ったら蝶々眺めてたりするの。あと他にも…」

赤裸々に述べるパラディンの意外な一面を耳にして驚きが跳躍するエルフだが、それの9割型は惚気話で構成されている為か苦笑いになった。
その時、いつの間にか名前の後ろに立つ長身で刺々しい面影が眼に飛び込む。エルフの剣士の肩はビクンと大きく跳ねた。

「あの、マスター。今日は俺 この辺で……」
「帰っちゃうの? まだいろんな話があるんだけれど」
「し、失礼しますっ」

無言の圧力で退却を余儀無くされてしまい、名前に一礼だけして姿を消した。




「下らない事を……」
「あっ、パラディン」

トーンも音量も低い声がぼそりと吐露するブラック・パラディンに、名前は然程驚いた様子を感じさせずに振り返る。

「来てたなら話しかけてよ。いつから聞いてたの?」
「最初から全てだ」

名前の前に居る時の態度を仲間である者に口外されるのは、パラディン自信、結構こたえた。慨嘆の一つくらい言いたい心境だが、彼女の行動一つで兎や角言う煩い男と見做されたくないので、ぐっと腹の中で不服を押さえる。そして、ただ呆れたような半目で名前を見遣った。

「もう家を出る頃合いだろう。仕度の程は」
「……そうだった!」

今日がショップの大会だと頭から完全にすっぽ抜けていた名前は、いつもこの時間帯に現れる彼が居なかったら大会の存在を思い出さないままだっただろう。
ばたばたと自分の部屋に駆け込んで直ぐに仕度を済ませ終えるとパラディンと共に家を出る。着けた腕時計で時間の余裕を確認して、歩く速度を落とした。その隣にいるパラディンも彼女のペースに合わせて進む。

道端に並んでいる木々を眺め、この道はパラディンと二人で歩く事が殆どだとか、エルフの剣士が言っていた彼が恐懼だとかを思い浮かべてふと考えた名前はパラディンを見上げる。

「パラディンって、あっちの世界ではいつも一人なの?」

前を見据えたまま、僅かに頷いた。

「仲間とこんなふうに出掛けたりしない?」
「……特には」

何もしていないのに怖がられる とは、彼は相当な強面なのだと言える。

(パラディンは損してる。本当はすごく優しいのに)

威厳の風格が強いのも彼の魅力の一部だが、それだけが秀でていても、生きていくにおいて得する事は少ないだろう。覇気を薄くすれば、みんな近寄って来てくれるはずだ。名前がそう思えるのは、パラディンからその素質を見出だしているからだ。

「皆にも話しかけたりしてみればどうかな。私にしてくれているみたいな親切も…」
「御免こうむる」
「即答!?」

ざっくりと断ち切られて思わず突っ込んだ名前で、どうにもパラディンの顰蹙を買ったらしく、腕に装着されている鎧がぎしっと軋む。

「心なしか、違う者達の元へ行ってほしいと聞こえるのだが」
「ちがっ、そうじゃないよ勿論。
こっちでは私と居てくれて二人が大体だけど、あっちの世界で一人ぼっちじゃ、寂しいんじゃないかって」
「感じない」

一人が好きならば群れるのも強調しない方がいいだろう。しかし、そうなのであれば、私と居るのは彼にとって良い過ごし方ではないのではないのだろうか? 名前は人通りが多くなった道端で頭を抱えたくなる。

「独りよがりなのだ、私は」
「……?」

自分の知ってるパラディンに、独りよがり、即ち自己中心的なパラディンは存在しない。それこそ彼女には想像がつかなかった。更に鉛が乗った頭に手を当てようとしたその刹那、手の甲にヒヤリと冷たい空気が重なる。

「……貴女に向ける厚意にしか価値が無いと思っている」

名前にしか触れる事も見ることも許されない手に包まれた名前の掌は温度を急降下させる。それに反比例して熱が籠っていく名前の顔へ、パラディンのずっと遠くにやっていた視線が下ろされた。

「迷惑だろうか」

名前は首をゆっくりと横に振った後、未熟な繋ぎ方をする彼の手を、正しくはこうと教え込むように握り返して笑った。 大会が終わって帰宅した後、手だけでなく、パラディンごと腕で圧縮してしまおうと脳裏で企む名前だった。

「分かりやすいな、貴女は」
「っ、いや別に、何も考えてないけど」
「空想に揺蕩うのは大会が終わった後で存分にするがいい」
「はい……。あっじゃあ、大会頑張ったら、何かご褒美とか呉れる?」
「…………………………。」
「な なんて、はは」

再び白けた半目で見られて乾いた笑いが洩らす名前は、脳内で猛省する。その力を持たない破顔を見捨ててパラディンが呟いた。

「優勝したら、思慮しよう」
「! が、頑張ります!」


パラディンは、褒美を与える為にこれまでにない程の尽力を果たそうと意を決した。この瞬間で優勝者が確定した事により、出場する他のデュエリストを不憫に思えてならない。


セレナーデ…ドイツ語:Serenade
恋人や女性を称えるために演奏される楽曲
如月さま、リクエストありがとうございました!


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