ナイフを握り締めて、貴女は笑うのだろう


主人公が些かヤンデレ

駅の賑わいを抜けて少し歩いた先に、ひっそりと構えているカード店。此処ではディスクを着けずに机で決闘を行う。決闘者は闘う場や物を選ばないとよく言う。実際にそうであった。このような小さな敷地や机上でも、白熱した決闘を繰り広げる事が出来ている。

ビジョンを使用しない決闘は、私達下部は姿を表す予定がない。私は精霊体で観戦客の一員となる。何組もの決闘者がぶつかり合いをしていたが、当然私の脳は他をかえりみず、我主のお隣で共にフィールドを眺めた。

「魔法カウンターが3つ乗った【熟練の黒魔術師】をリリース。そして効果でデッキから【ブラック・マジシャン】を召喚します」

マスターは熟練の黒魔術師を墓地へ置き山札を探る。そして、私のカードを引き抜き見詰めた。先刻まで相手に見せていた闘志が瞳から消え、皓々たる煌めきをカードへ送っている。そんなマスターを垣間見るだけで、私の心はじんわりと温かな物で包まれるのだ。

その時、背後で戸が開く音がした。また決闘者のご来訪のようだった。あの姿は私にも見覚えがある。先週辺りでマスターと対戦していた男性だ。
今日も決闘をしに来たのかと思いきや、男性は此方の対戦スペースでなくカウンターの方へと歩んだ。





体の芯が冷えていく。

男性の手から差し出されていたのは、不特定多数のカード。あれは、売却行為だ。
売り物とされているカードは、マスターとの決闘でも使っていた値打ちがあるモンスターカードだった。

あのカードは、今まで主と共に培ってきた戦歴、軌跡の記憶、喜び悲しみ、それら全て主の手で売られるのだ。いつか私も、商品棚に並ぶカードの1枚になるのだろうか――――

まだ覚えのない筈の寂寥感に苛まれ、体が凍てついた。



「どうしたの、ブラック・マジシャン」

声が掛かり呪縛が解ける。マスターは束の間に隣で私を見上げていた。決闘が終わっていたようだ。勝敗はどうであれ、彼女にお疲れ様ですと言って笑顔を作った。しかし当然彼女から返されたのは、もの思わしげな表情だった。

「顔色悪いよ」
「いえ、ご心配なく」
「でも今日はもう帰ろう?」

心配をかけるなど、男からして盛大な失態。私は自分の至らなさを咎めた。
マスターは店員と戦った決闘者に挨拶をして賑やかなショップから退出した。道路際の木々の葉が、忙しなく揺れている。


空に浮かぶ日はすっかり赤くなっていた。夕暮れに照らされる道を歩くマスターの後ろにはマスターの影。私の背後には、闇1つ落ちていない。

「あそこ行ってから元気ないね」
「何故そうお思いに?」
「地面に視線を落としたままだから」

またマスターに不安げな顔をさせてしまった。彼女は私の感情にとても鋭敏だ。良く見ていて理解してくださっている、と嬉しく思う。

彼女はいままでも私の不安を聞いてくれていた。今更隠しても解決には繋がらないだろう。 伝えようとする先刻の場面が髣髴に蘇えり、胸が締め上げられるのを必死に押さえてた。

「…売り払われている様を見てしまって」
「…………カードが?」

私はただ頷いた。




怖くなったのだ。いつか自分もあのような日が訪れる、主の余熱が冷めたら手離されると。
わかっている。自分達は人間に仕える為に造り出されたカードだ。娯楽を堪能しきった後、主どうされようが、文句を垂らす事は許されない。

「貴女にもいつか倦む日がくるでしょう。この娯楽に」

決して人間を蔑んで居るわけでない。1つの行為を永遠に継続するのは難しいと捉える方が普通人間だと私は思った。

「大丈夫よ。飽きないから」
「人間なら不可能です」
「私を信じれない?」

信じています。と主張を示せない自分が憎い。もし、他の下部がこの状態に立たされたらどう対象するなだろう。「死ぬまで続けろ」や「傍に居させて欲しい」と言うのだろうか?……自分の主に。

私は、とてもじゃないが恐れ多くて言えない。何かの弾みで言い溢してしまったら、きっと己で口を裂くだろう。




「じゃ、こうしましょう」

陰険な考えを頭で回している私に対して、マスターは明るい声を出した。

「飽きた日が来たら、私を殺して」

小さく愛らしい口から殺害志願が出るなど、誰が予想出来るのだろう。しかも彼女は笑顔なのだ。一体何を述べて居られるのだ、このお方は。

「なりません。そのような事」
「大丈夫。飽きたらって話しだもの」

マスターの人生内で、訪るかわからない。されどその未来が訪れる可能は0ではない。それなのに彼女は恐れ皆無でいる。

「飽きたって事は貴方を好きではなくなったってこと。そんな私は私が許せない。そんな日が来たりしたら、自らでも息の根を止めるわ」
「……それほどに」
「ええ。貴方が好きよ」

マスターの笑顔が夕陽に照らされる。私は、その笑顔を愛と捉えれなかった。

捨てられても構わない。命尽きても構わない。しかしマスターは死んではならない―――ならばこの身が起動する限り、マスターを護り抜いてゆこう。
それを心得にして過ごしてきた筈なのに、私は彼女を愛してしまった。

マスターと共に暮らし、ほぼ毎日祈った。『どうかマスターが私を愛してくれますように』と。そして気持ちに答えるように彼女は私を愛してくれた。幸せでその時は気がついて居なかった。
彼女は、背徳的になってしまったと。


……1枚のカードで命を差し出すなど、真っ当な人間ではない。

「っ、……」
「どうしたのブラック・マジシャン。どうして泣いているの?」
「申し訳ありません…、マスター……」
「どこか痛いの?それとも、カード売却していた人が怖いの?なら、私がそういう人 全員殺すから。だから泣かないで」


もう遅い。人生を狂わせ、歪んだ愛を彼女に抱かせてしまったのは、私なのだ。

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