子供の日


現世では一年の内で定期的に連休があるらしい。今日はその連休の一つの真っ只中だ。こういった日には退屈しなくていい。カードから出ても大抵は部屋に名前がいるからな。


だがしかし名前はいなかった。代わりに部屋で鍋を煮込んでるブラマジとその隣で助手してるガールがいた。何してるのかと聞いてみると何やら新しい魔法カードとなる薬品(ドーピングとかしびれ薬とかの類になるカード)を開発をしてるらしい。詳しい概要は面倒だから聞かなかった。

「おやつ持って来たよー。今日はコジコジコーナーのケーキ」

開いたドアから名前が入ってきた。

「わーい!」
「ブラマジ、机いい?」
「はい、只今」
「あ イービルも来てたの」

机に置いたトレーには3人分のケーキしかなかった。まあ用意されてないのは俺の分だろうが。

「なんだコレ…ケーキになんか刺さってやがる」
「それは鯉のぼりの飾りだよ。今日は子供の日だからね」
「へー。じゃ、遠慮なく」
「あっ ちょっと!今イービルの分持ってこようとしたのに……」
「お前が自分の分を持ってくればいいだろ」

割りと小さいが味はまあまあだな。名前は「もー…」溜息混じりに呟き飲み物を手に取る。

「!! マスター!それは…!」
「?」

名前が手に持っているコップは名前の用意したコップとは違い、中身には緑の液体が注がれていた。ブラマジが鍋で作ってた謎の液体だ。それを飲み込んだ名前の喉がごくん、と鳴った。

「………うっ」
「えっ、マスター!?」

顔がこれでもかと言うほど歪む。口を押さえて倒れそうになる名前をガールが支えた。魔法薬の試作品ごときでは死亡はあり得ないが、吐くか?気絶か?発狂か?だが俺が考察した中のどれにも当てはまらない症状が出た。

体が、縮んでいく。

「おいっ 名前!」

名前の腕を掴むと、名前は俺を見て呆ける。そして見開く目が潤み、溢れ出た涙が頬を伝った。





「……っうわああああん! だれ!?ママー!パパー!」

「!?」


ママパパ……って、何言ってんだコイツ

「マ、マスター…!」
「うわああああん あああぁ」
「ああっ泣かないで、ね、ね?」

ぴーぴー泣いてる名前をガールが必死に慰める。
見た目が4〜6歳ぐらいのガキになって居やがる。俺は あちゃーと頭を抱えるブラマジの胸ぐらに掴みかかった。

「おい!何だよこの薬!」
「………これは、対象にした者のステータスを半減させる魔法薬、の試作品だ」
「ステータス半減……って事は、若返ったのか?」
「そのようだが、これは半分どころか2/3は若返ってしまっている」

つーか誰とか言われてたし、俺達の存在忘れられてるじゃねーか。

「どうするんだよ。こんなうるせえ主に一生遣えるってのか」
「もしそうなったとしても、これは私達の責任だろうし、尽くし続けるのが我々の忠誠だろう」
「全部お前の責任だろ。俺は知らん」
「なら貴様は下部を辞めるんだな。薬は試作品だ、明日には効果が切れるだろう」
「それを早く言えよ」

耳を劈く泣き声がいつの間にか止んでいた。ブラマジが膝を折って、ガールの後ろに隠れてる名前に話しかける。

「マスター、申し訳ありません。私の目が行き届いていない所為で…」
「……マスター?」

兎紛いの目が俺たちに向けられた。

「マスターって、だれ?」
「お師匠様、マスターと呼んだら自分認識しないみたいなんです。名前ちゃんと呼んであげてください」
「な…!」
「名前ちゃん、あの魔法使いはブラック・マジシャンって言うんだよ」
「ブラック・マジシャン!かっこいいおなまえだねえ。じゃあ、そっちのおじちゃんは?」
「誰がジジイだ――…痛っ!!」

ブラマジに杖先で頭を殴られた。

「マスターを脅かす事を言ってみろ。明日の日を見れなくしてやる」
「ちっ……」

コイツ、いつもの過保護が倍増してやがる。

「あっちはイービルって言うの。どっちも私の師匠で貴女の下部なんだよ」
「しもべ?」
「名前ちゃんの、お友だちって事だよ」
「お友だち?ガールもブラックマジシャンもイービルも?」
「はい。……名前ちゃんのお友だちです」

罰の悪そうな顔でブラマジが言う。敬語抜かねえとちゃん呼ばわりに違和感出るだろ。
名前は顔の曇りを晴して俺等の前に立った。

「名前、あそびたい!」
「そうですね…。効き目が切れるまで待つしかなさそうですし……」
「名前ちゃんは何して遊びたい?それとも、誰かと遊ぶ?」
「うんとね」

さっと俺を見た。嫌な予感が逃げろ俺と言ってたので、今日はもう帰るとしよう。

「イービルとあそぶ!」
「ゴフッ」

背を向けたところで突撃された。頭をグリグリと擦り付けてくる。笑顔で楽しそうに抱きつきながらグリグリグリグリ………。普段の名前だったらこんな事は絶っ対にしない。き、気味が悪いって思っても罪はないはずだ。

「! …おい、変な所触るな!」
「っ」

やべ、つい怒鳴り声が…

「あ、いや、違くてだな」
「う……」
「ああああ、泣くな!あー、えーと、俺が悪かったから!」
「ううう……」

名前の目はどんどん水分を溜めて俺に追い討ちを掛ける。どうしろってんだよこれ。お前泣いたらアイツにボコられるの俺だぞ。頼むから泣くなよ。

―――――――…! そうだ。

俺は自分の杖を取り出し魔獣召喚魔法を唱える。うろ覚えのスペルを詠み終えると、名前の目の前にクリボーが出現した。ふう、これで俺の魔術も捨てたものじゃない事がお分かり頂けただろう。

「クリー」
「!! す、すごい!」
「すごいだろ。ほれほれ」
「きゃーーー」

増殖させてクリボーを増やした。大量のクリボーに埋もれてるが泣いてない様子だし、一時は安泰だ。


      *  * *


「イービルイービル、ねえイービルってば」
「何だよ」
「かぞくごっこしよー」
「へいへい」

名前の記憶は現在の歳分しかないらしい。俺達と出会ったのが、こいつが14の時。それじゃ俺達の存在が分からないのも当然だ。

つーかそんなことより いつ戻るんだよコイツ。俺の膝に乗って来るわ、拒否ると泣きそうになるわでいい加減疲れた。子供っつっても名前なんだよ。暑苦しい程ベタベタされて、俺がどんだけ理性持ち堪えてると思ってんだ。まあガキなコイツに手ぇ出したりはしないがな。

「名前がママでね、イービルがパパ」
「へいへい」
「イービルがかえって来たところからね」

そう言って俺の膝から離れる。また直ぐ戻ってきて一人楽しそうに笑った。

「おかえりなさいあなた!おかえりのチュー」
「や め ろ」

近づく頭を掴み止めた。これはいくらなんでも可笑しいだろ。………動揺してんの、バレてないだろうな。

「イービルしらないの?テレビでよくやってるのに」
「へー……」
「でね、ママの人がね、『おふろにする?ごはんにする?それともあたし?』って言うの」

……人間ってそんな馬鹿なやり取りすんのか…まじで……。

「イービルも言わなきゃだめだよ、『おまえにする』って!」
「阿呆か!誰が言うかそんな―――」
「言ってくれないの?」

名前の顔が一気に暗くなる。これは泣きそうな顔ではない、しょげてる顔だ。…………。

はぁ、その顔。反則だろ。




「………『おまえにする』。これでいーだろ」
「うんっ おまえにされるー!」

先刻の顔は嘘かってほど明るい面に変化して、思いっきり抱きついてくる名前。もう拒む気力もなくなった。
あんな顔向けられりゃロリコンじゃなくても気が弱る。黒魔族の魔術師が折れたんだから誰でも折れる。たぶんデーモンとかドラゴンとかそこらへんのモンスターでも折れるんじゃね。

名前は家族ごっこを放置して、今度は頭いじりを始めた。また俺の髪で三編みすんのかよ。今日何回目だよ。

そして三編みが終えると、やっと遊び疲れたのか俺の膝に頭を置いた。ご機嫌な鼻唄まで歌ってる。

「イービルってやさしいねえ」
「お前の下部だからな」

正直、主がお前じゃなかったらここまで従ってない。

「なでなでしてあげるー」
「眠いんだろ。目がうつらうつらしてる」
「ねむくないー」

言葉とは反対に名前の口は欠伸する。はあ、やっと寝るのか。もうすぐこの状況から解放されると思うと気が抜けそうだ。

「イービル」
「なんだよ。早く寝ろって」
「…………すき、だよ」

!!

「イービルは?」





ふざけてるだけだろ。そんな台詞。

先刻したママゴトの続き、気分が良いから言ったけ、きっとそれだけだ。子供の気紛れ程あてにならない物はない。だから真に受けず流したりすりゃいい。それなのに、

「……んなの いつもの時に言えよ。クソ」

真に受けたい俺が居る。

嬉しく思う反面、憎たらしく思った。いつも素直に言えない自分の口を呪ってるとも知らないで、お前は軽々言って見せんだから。素直な気持ちを言う子供、素直な気持ちを言えない大人。なんなんだよ、この差は。
俺だって、なれるものなら、簡単に気持ち伝えられるような奴になりてえよ。



…………
…………………嗚呼、もう


「俺も、名前が」
「…………すー」
「あ?」

名前に目を向けると、既に眠りへ落ちていた。



         * * *




「ん……あれ?私……」
「あっマスター!」
「ガール、どうしたのそんな心配そうな顔して…
えっええっなに!?なんで私、イービルの膝で寝てるの!?」
「……っ、うるせ…………あ?」

いつもの名前が、顔を真っ赤にしながら距離を置いて俺を見てる。体も着てる服に合った大きさになっていた。

「やっと戻ったか…」
「? 何があったの?」

頭の上でハテナ浮かべまくってる名前に、ガールは経緯を話した。



「そんなことが…」
「本当に申し訳ありませんでした」
「そんな謝らないでいいよ。戻れたんだし。でも子供の私見られたと思うと、ちょっと恥ずかしいな」

いつもの名前、いつもの顔、よくする照れ笑い。

「おい」
「?、何? イービル」
「子供になったとき言った事、覚えてるか?」
「えっ、私何か言ったの?」
「………覚えてないならいい」
「ええー!ちょっと、教えてよ!私イービルに何を言ったの!」
「さぁな」
「それぐらい教えてよ、イービルのケチ!意地悪!」

やっぱ無理だ。普段の名前に自分の気持ちを言うなんて、死んでも生まれ変わっても無理だ。言うには俺があの薬飲んで子供になるしか方法がない。

Children's Day

感想お待ちしております
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -