※多少ですが血グロ表現有※




仙道さんが私の目の前に現れて、涙が更に溢れた気がした瞬間に鈴木さんの手を振り払う様にして腕を必死で動かしながら「仙道さん...!」と、仙道さんに向かって走り出そうとしたけど、すくんだ様な足がうまく動かなくて私は立ち上がることができなかった。仙道さんが私の名前を呼んで私に駆け寄ってきた瞬間、私の後ろから「高木は、どうしたんだよ?付き合ってんだろ?」なんて鈴木さんの声が聞こえる。仙道さんは私の目の前まで近寄ると「高木さんと本当に付き合ってるのはお前だろ」と私の後ろにいる鈴木さんに視線を向けていく。私は訳がわからないのと、怖くて震える身体が動けないのとで、固まる様にして2人の間でただ、会話を聞いていることしかできなかった。






「全部、聞いたよ。今日花子ちゃんに動画送ったのもあんたなんだろ?」


「...」


「黙ってるってことは、図星か」


「お前には関係ねえだろ?俺たち、愛し合ってるもんな?」






私は鈴木さんの問いかけに何も言えないまま小さく首を左右に振って見せて、視線だけを仙道さんの顔へと移して見せる。仙道さんは呼吸を整えるようにふぅーっと長いため息を吐いくと私を見て困ったように眉を寄せながら笑った。「花子ちゃん...遅くなってごめんね」なんていつもみたいにヘラッと笑いながら私に手を伸ばした仙道さんの手を取るように、私は自分の手を上へと向ける。仙道さんの手のひらに私の手が乗った瞬間にギュッと握り締められた温かい仙道さんの手が、不思議と私の恐怖心を取り除いてくれるみたいだった。立ち上がろうと足に力を入れた瞬間に、腕を掴まれてハッとしたのも束の間で「愛してるのは、俺だけだろ?」と後ろから聞こえる鈴木さんの声と共に、私の背中に何かが当たる。それが一体なんなのか分からなくて、私は振り返ろうと首を後ろにゆっくりと向けていく。






「花子、お前は...俺と一緒に居るよな?」


『...ごめん鈴木さん。私が好きなのは...貴方じゃない...ッ!?』







私が言い終わる前に、グチャッと鈍い音がした。それと同時に鈍い痛みと、背中に伝う温かい液体が何を意味してるのか分かったのは、むせ返るように込み上げてきた咳と、口の中に広がった鉄のような味が何をされたのか理解させていった。ああ、これ刺されたのかも。揺れていく視界と、私の名前を呼ぶ仙道さんの声と、笑ってる鈴木さんの声が頭の中でぐるぐると回っていくのに、私の頭は嫌に冷静で、死ぬんだ。なんて馬鹿みたいなことを思った。しかも何故かちょっと笑えた。こんなに怖いのに、背中が刺されて痛いはずなのに、仙道さんが馬鹿みたいに私の手を握りしめるから、そっちの方が痛くて『私、仙道さんが好きよ』と、遺言みたいに口から言葉が漏れていく。仙道さんの焦ったような顔と、必死に何かを叫ぶような声が薄れていく視界の中で、何故だか私の頭に少しだけ残った。なによ...そんなに余裕ない顔も出来るんじゃない。仙道さんのそんな顔、初めて見た。そんな馬鹿な事しか考えられずに、私の意識はそこで途切れた。




















『...ん...?』





眩しくて、重くて、鼻をつく薬の様な独特の匂いで目が覚めた。目の前には真っ白い天井で、起きあがろうとすると背中がやけに痛くて『いった...』なんてしゃがれたような自分の声が耳に響く。目線を左に向けると点滴が伸びてて、ここが病院なんだって理解した。カーテン越しに眩しい日差しが私の顔に当たって、少し目を細めていく。生きてる...。なんて実感すると共に右側の太ももに少し重みを感じて足を動かそうとすると「...ん」なんて小さな声が聞こえる。そのすぐ後に「花子ちゃん!?」と大きな声と共にガバッと起き上がった彼の姿は、いつものツンツン頭じゃなくて髪の毛はボサボサで、なんならちょっと痩せて見えた。







『仙道...さ、ん?』


「うん、俺。おはよう花子ちゃん」


『なに...?病院...?』


「あ!ダメダメ!先生呼ぶから、まだ動かないで!」







そう言って私の枕元のボタンを押した仙道さんは「どうされました?」と看護師であろう人の問いかけに「目、覚ましました」なんて元気よく答えた癖に、何故だか患者衣を着ていた。なんで?なんて疑問に思った瞬間に看護師や医者が私の周りに集まって、仙道さんは「また勝手に抜け出して!」と、ナース姿の女性たちに怒られているのが見えた。私がクスッと笑うと、「花子ちゃん、また後でね」なんて仙道さんはいつもみたいに笑って看護師の人に連れられて何処かへ行ってしまって、その後すぐに白衣を着た医者であろう人が諸々検査をした後に「これまでの経緯を覚えてますか?」と確認する様に問いかけてくる。私は『全部、覚えてます』と意識が途切れるまでのことを思い出して下唇をギュッと噛んだ。私が刺されてその後どうなったの?鈴木さんは?仙道さんは元気だったけど...なんで患者衣なんてきてたの?あ、仕事は?今日は何日?私...どのくらい意識がなかったんだろう。なんて色々な疑問が巡っていく。「とりあえず傷の具合を見るときにまた詳しくお話ししましょう」と、医者と看護師の人は病室から出て行って、入れ替わるようにして誰かが私の病室へと入ってくる。







「お?目、覚めたのか」


『社長...』


「田中、大丈夫か?」


『はい...たぶん...』


「...田中、すまなかった」


『え?何がですか?』


「こんな事になるまで気づかないなんて、社長失格だな」

『社長、何言ってるんですか!痛っ!』






大声を出した瞬間、ずきっと痛んだ背中のせいで口をつぐむと、牧さんは「まだ生傷だろ。しっかり休め」なんて優しく微笑んだ。私は眉を寄せながら『...はい...』と小さく返事をした後に『社長、あの日...何があったのか知ってますか?』と牧さんに問いかけると、牧さんは困った様に小さく笑って「俺が知ってるのは一部だけだと思うが...」と、あの日のことを話してくれた。私が刺された後に、仙道さんは牧さんに警察と救急車を呼ぶ様電話したらしい。その途中で仙道さんと通話が途切れて、牧さんが警察と共に駆けつけた頃には私と仙道さんは重なる様にして倒れていた。と牧さんは話してくれて、『鈴木さんは...?』なんて私が口を開くと、牧さんは私から視線を外しながら「鈴木はその場に蹲っていて、その後警察に連れていかれた。まぁ、逮捕されたって事だ」と眉を寄せながら静かに瞼を閉じた。







『ありがとうございました社長...それに、すみませんでした...私のせいでこんな...』


「何言ってんだ。誰のせいでもない、自分を責めるな」


『ですが...すみません...』


「謝るなら早く回復して仕事復帰してくれ。2人も秘書が休んでるんだ。それに、1人は俺の右腕だしな」


『はい...』


「仕事、戻って来れるか?」


『当たり前じゃないですか!私は社長の、右腕ですから』


「はは、頼もしいな」







「それじゃ、仙道の方も見てくるか」と牧さんが病室のドアに手をかけると「一番の恩人は、仙道だぞ田中」なんて小さく笑って病室を出て行った。『わかってますよ...』と私は誰にも聞こえるはずもない言葉を小さく漏らして、その声が何故か病室に響いた様な気がした。























「退院おめでとう、花子ちゃん」


『仙道さんも...おめでとうございます...』





私と仙道さんは2週間ほど入院して、同じ日に退院した。仙道さんはちょくちょく病室を抜け出しては私の病室へ足を運んでくれて、何度か看護師さんに怒られてるところを目にした。本当は私よりも前に退院予定のはずだったらしいけど、安静にしていないせいで一度傷口が開いたらしい。本当馬鹿ね...。なんて思いながら仙道さんを見つめると、仙道さんは私の手を静かに握った後に、優しく私の指へと指を絡めた。絡んだ指から熱が伝わるみたいに、私の身体が熱くなって、ドキドキと私の心拍数が跳ね上がる。『なによ...』と、動揺した様に口を尖らせた私に、仙道さんは「花子ちゃん。好きだよ」なんて私の唇を静かに奪った。







『ここ...病院の入り口...ッ!』


「知ってる」


『何、考えてんのよ...』


「花子ちゃん。あの続き、聞かせてよ」


『何...?』


「俺のこと嫌いじゃない、本当は...ってやつの続き」


『な、なっ!?こんなところで言えるわけないじゃないの!』


「じゃあ、俺の家で聞かせてくれる?」


『...病み上がりでしょ...』


「何想像してんの?」






「エッチ」なんて意地悪そうに笑いながら私の唇にまた吸い付いた仙道さんの唇を、私は拒否できなかった。だって、私もずっと触れたかったから。絡んだ指が解けない様にギュッと指に力を入れながら、私は仙道さんの口付けを受け入れる。少し唇が離れてから『私あなたが、好きよ』と小さく呟くと「うん、俺も...大好きだよ」なんて仙道さんはいつもみたいに笑ってた。







溶けて、溺れる
(あなたのキスだけで、溶かされる)






「よし、家行こう」


『何がよし、なのよ!?』


「え?花子ちゃんも俺のこと好きなんでしょ?じゃあ問題ないじゃん」


『そ、そういうことじゃなくて!』


「でも、抱いてって顔に書いてあるよ」


『書いてないわよ...!』


「俺、目良いんだ」


『だから何なのよ!?馬鹿じゃないの!?』


「あはは、タクシー!」


『ばか!』







(2021/02/02)


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