「田中さんが、こっち見てますよ?」


「だから、何?」


「今すぐ私にキス、してください」


「...」


「仙道さんに拒否権なんかないってわかってますよね?」





動画、と高木さんが口から漏らした瞬間に「わかってるよ」なんて俺は眉を寄せながら高木さんの顔に自分の顔を近づけた。唇に触れる寸前でピタリと顔を止めてから、すぐに逸らす様に顔を離すと高木さんは「田中さんのこと、そんなに好きなんですか?」と眉を寄せながらクスクス笑っていく。俺は「君には関係ない」なんてため息まじりに言ってから続ける様に「もう十分だろ」と言って高木さんから身体を離した。「まだ、全然足りませんよ」なんて聞こえた高木さんの声が去り際の俺の耳に、嫌でも残った気がした。











自分のデスクに戻る途中、花子ちゃんがパソコンモニターを見ながらため息を吐いているのが見えると、仕事の事で何かトラブル?なんて思って声をかけようとした瞬間、花子ちゃんのパソコンモニターには誰かから送られてきていたメールが開かれていた。そこに映っていたのは紛れもなく高木さんが俺に見せた動画で、俺は焦る様に自分のデスクに移動すると急いでメールボックスを開いた。まさか、全社員にもう...?なんて思いながらメールをチェックしたけど、どうやら俺のところにメールは届いていない様だった。花子ちゃんのところだけ...?なんて思いながら眉を寄せていって、すぐに社長室へと入ると牧さんに「牧さん、動画が添付されたメールって届いてます?」と、確認する様に問いかけた。牧さんは眉を寄せながら「さっきメールをチェックした時は来ていなかったと思うが...どうしたんだ?急に」と困った様に笑って俺を見つめる。俺は焦る気持ちを隠す様に「来てないなら大丈夫です」なんて言って社長室を後にした。高木さんだ。昨日俺が花子ちゃんに会ったのを見られた?だとしたら...警告ってことか?また俺の軽率な行動のせいで、花子ちゃんを不安にさせてるんだとしたら...と、嫌なことばかりが頭をよぎっていく。それと同時に目をギュッと瞑っていって、花子ちゃんもなんで俺に何も言わないんだよ。なんて俺の心の中で渦巻いていく感情が抑えられないみたいに下唇を噛んでいった。それでも午後の仕事をやり終えて、花子ちゃんが鈴木さんに何か言われていることに気を取られていないフリをして俺は仕事を片付けていく。俺の嫉妬心なんかで花子ちゃんに近づいて更に状況を悪化させなくなくて、早く仕事を終えて高木さんに確認しに行かないといけない。その一心で仕事を終えると、高木さんか業務後に待ってる、と言っていた給湯室へと急いで足を運んでいった。給湯室に到着すると既に高木さんの姿があって、俺は苛立つ感情を抑えられないみたいに「なんでメールなんか送ったの?花子ちゃんには手を出さないって、約束しただろ」といつもよりも低い声が自分の口から漏れていく。高木さんは眉を寄せながら「なんの事ですか?」なんて俺を見つめていって、俺は神経を逆撫でされた様に「とぼけるのやめたら?俺だって何も考えてない訳じゃない」と、給湯室のシンクと自分の間に高木さんを挟んでいった。高木さんは驚いた様に「こんな事して、なんて言ってないですけど」なんて俺から逃げる様に顔を逸らしていって、俺は高木さんのその行動に苛立つ感情が湧いてくるのを誤魔化すみたいに小さく嘲笑しながら自分のスマホを取り出すと、録画機能を起動させていく。




「何...してるんですか?」


「なんだと思う?」


「...主導権は私が握ってるんですよ?」


「それを変えようとしてるんだよ...高木さんに動画の内容と同じ事するから」





「あ、心配しなくても動画は俺が撮ってあげるよ」なんて言って、睨む様にして高木さんを見つめた。高木さんは「そんな事したら、どうなるかわかってますよね...?」と、眉を寄せながら俺を見つめてきて、俺は「どうなるの?」と口の端を上げていく。同時に俺の胸に当てられた高木さんの手首を掴んでいって、少しだけ緩んでいたブラウスの隙間に顔を埋めていった。途端に「いやっ!」なんて声を荒げながら、掴まれた手を振り払う様に動かした高木さんに「高木さんが見せてくれた動画は、結構遠くからだったから俺たちの顔までは細かく見えなかったよね?だけど、これだけ近くで撮られたら高木さんの顔、ばっちり映っちゃうんじゃない?」と、囁く様に言ってから小さく笑って、俺はスマホのカメラを高木さんの顔に向けていく。高木さんは一瞬驚いた様な顔を見せると、自分の顔を手で覆いながら「やめて!」なんて震える声で叫んでいって、俺は高木さんの掴んだ手首を離して直ぐに高木さんの口を塞ぐと「ここが会社の隅にあるって言っても、まだ残ってる人がいるんだから、叫んだら聞こえちゃうでしょ?こんな所見られて困るのは高木さんじゃないの?」と脅す様に言ってから高木さんの両足の間に自分の足を埋めていく。そのままグッと膝を曲げる様にして足に力を込めると俺の膝に高木さんの内腿が当たっていって、高木さんは瞳を濡らしながら「いや...ッ...やめて!」と俺の手で塞がれた口からくぐもった様な声を出していった。





「このまま俺に犯されちゃうの嫌だよね?」


「...」


「じゃあ、俺達の事は放っておいてくれる?」


「...」


「動画も消してくれるよね?」





「勿論、バックアップも全部だよ」と、脅す様に言った俺の質問に高木さんは静かにコクコクと頷いていって、俺は高木さんの仕草を確認すると「じゃあスマホ出して」なんて言って高木さんの口から手を離した。高木さんは頬に涙を伝わせながら、震える手で自分のポケットに手を入れていって、スマホを俺に差し出すとギュッと目を思い切り瞑って「ごめんなさい...」と顔を下に向けていく。俺は「君を許す気はないよ」なんて言いながらスマホを受け取って画面を高木さんに向けながら「俺が見てる前で消して」と睨みつける様に高木さんを見つめる。高木さんは一度だけ頷いて、スマホのロックを外すと写真フォルダのアプリを立ち上げて動画を選択した後に削除ボタンを押していく。「後は?」と俺が眉を寄せながら言うと高木さんは俺の言葉に従う様にメールを開いて1件のメールを削除していった。





「やっぱり花子ちゃんに動画送ったの高木さんだったんだ?」


「違っ...!私本当にメールは送ってないんです!」


「じゃあなんでメール削除したの?」


「あの...」





言いづらそうに目を瞑った高木さんに「まだ、動画撮ってるよ?」と、脅す様に言ってから俺のスマホを向けると高木さんの肩がビクッと揺れいって、俺は続ける様に「...高木さん以外に動画持ってる奴がいるって事?」なんて疑うように眉を寄せた。高木さんは俺の言葉に静かに頷いて「最初は彼氏のスマホに入ってたんです...」と、信じられない様なことを口にしていく。俺は焦った様に「え?...高木さんの彼氏って誰なの?同じ会社の人?」なんて言いながら高木さんの肩を掴んだ。高木さんは「営業部の...鈴木さんです」と身体を震わせながら口を開いた。鈴木さんって...花子ちゃんの所に来てた奴か...?俺はどういう事なのか訳が分からなくて、動画の経緯と彼氏が浮気した、と言う話を詳しく高木さんに問い詰めていく。高木さんの話から分かった事は高木さんと鈴木さんが付き合ったのはごく最近で、突然「浮気したから別れよう」と言われた後に、高木さんが問い詰めると花子ちゃんの名前を出したらしい。そのまま別れ話が平行線のまま何日か過ぎて、鈴木さんが花子ちゃんと俺の動画を見せて「田中にとって俺は一夜限りの相手だったみたい」なんて言って高木さんの元に戻ってきた。と言う事だった。高木さんは花子ちゃんが許せなくて、動画を自分のスマホに送ってもらった後、俺の所に来て鈴木さんの代わりに復讐に来たらしい。「元々鈴木さんが田中さんのこと好きなのは知ってたんです...ずっと、聞いてましたから...だから余計に許せなくて...」と涙を流した高木さんはギュッと下唇を噛んでいった。俺は余計に訳が分からなくなって眉を寄せていったけど、今日、花子ちゃんは鈴木さんに誘われてなかったか?なんて思って焦った様に花子ちゃんに電話をかけていく。何回か呼び出し音が鳴った後に『はい』と花子ちゃんが電話に出ると、俺は「花子ちゃん今どこ?」なんて焦った様に声を出していって『どうしたの?仕事でトラブル?』と花子ちゃんの不思議そうに問いかけてくる声を遮る様に「良いから、今どこ!?」なんて声を荒げた。





『会社のエントランスだけど…どうかしたの?』


「そこから絶対に動かないで」


『あの…よく意味が分からないんだけど…』





受話器越しでも分かるくらいに困惑したような声を出す花子ちゃんに「絶対に鈴木さんに近づかないで」なんて俺が話した途端に花子ちゃんが少しだけ黙って、『私が誰と会おうが、あなたに関係ないじゃない…彼女を…高木さんを大事にしなさいよ』と吐き捨てる様に言ってからすぐに通話が切れていく。違う、そうじゃない、そう言うことじゃないんだ。なんて焦る気持ちでリダイアルをかけていったけど、何回呼び出し音が鳴ったって花子ちゃんが電話に出ることはなかった。俺は急いで給湯室を出ていって、途中で聞こえた高木さんの「仙道さんも騙されてるんですよ!?」なんて言葉に「花子ちゃんは高木さんが思ってる様な子じゃない!」と叫ぶ様に言ってからエントランスへ向かっていく。急いでエレベーターのボタンを押したけど、たった数秒が俺には酷く長く感じて、急いで階段を駆け降りる。俺の勘違いだったらそれでいい、なんなら勘違いであってくれ。なんて焦る様な気持ちが俺の心を埋めていくみたいに階段を駆け降りていくだけで額に汗が滲み出る。エントランスまで降りていって、急いで周りを見渡しても花子ちゃんの姿はなくて「クソ...ッ!」なんて会社から外へ走り出していく。何処だ?何処だよ...!なんて闇雲に走り回っていったって花子ちゃんが見つかる気配なんかなくて、何度か確認する様にエントランスへ戻っては外へ出てを繰り返していた。反対か?もっと先だった?なんて更に走って、後ろの方から『いや…ッ…!仙道さん…!』なんて、俺の名前を呼ぶ花子ちゃんの声が聞こえた様な気がした。道路に面したこの騒がしい場所で、あんな小さな声なんか、聞き間違いかもしれない。俺の都合のいい想像かもしれない。それでも、花子ちゃんがいる可能性があるんなら、俺は...。なんて思いながら来た道を戻っていって「花子ちゃん!!」と俺は声を張り上げた。







雑音だらけのこの世界で
(俺はなりふり構わず、君を探す)




俺が声を張り上げた瞬間に、裏路地の暗がりで顔を上げたその子は間違いなく花子ちゃんで、俺は走って乱れた呼吸を整える様に何度か息を吸い込んで、暗がりに目を凝らしていく。座り込んだまま俺を見つめる花子ちゃんの濡れた瞳が俺の瞳を捉えていって、俺を見つめた瞬間に更に花子ちゃんの涙が溢れた気がした。












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