「越野ー...重いぞ」


「うるせー、どーせ俺はモテねぇ人生だよ...」


「誰もそんなこと言ってねーだろ」






「お前はモテるよ」なんて励ましたつもりの俺の言葉に「お前に言われても嫌味にしか聞こえねーよ」と、越野が涙目で俺を睨みつけた。昨日、結婚を考えていた彼女に振られたって電話を俺にしてきたと思ったら、飲みに連れ回されて挙句に大泣きされて、じゃあ、なんて言えば正解なんだ。なんて眉を寄せた俺に、越野がまた涙目になって「俺はモテない」なんて言い出したかと思ったら、突然口に手を当てて「やべえ、吐きそう」なんて青ざめた顔をする。俺は少し焦りながら「店の前だし、トイレ借りよう。ちょっと待ってて」と、すぐ横にあったバーの扉を開けて事情を説明すると、そこの店員さんは快くトイレを貸してくれた。越野を連れてこようとバーの扉を開けると、越野が女性に絡んでて、おいおい、やめろよ。なんて思いながら近づくと、なんだか楽しそうに笑ってた。





「そーなんです。俺めっちゃ可哀想なんですよ。お姉さん慰めてくれます?」


『あはは、私でよければいつでも。ただ、あなたが酔ってない時にね』


「マジすか、俺絶対また...う、気持ち悪...」





会話をしばらく聞いていた俺は、また越野が口に手を当てた瞬間に「越野」と声をかけると、越野の近くにいた女性が俺の方へ振り向いた。一目惚れなんて柄じゃないけど、見た瞬間にどきっとした。美人で少し勝気そうな目が俺を見た瞬間に『あなたのお友達?』なんて微笑まれて、俺の心臓の音がどんどん煩くなっていく。なんだこれ、なんて思いながら誤魔化すみたいに「すいません。こいつ酔ってて」と、言いながら越野の手を引いて「トイレ借りれたから行こうか」と声をかけると、越野が「悪ぃ」なんて口を押さえながら俺をチラリと見て涙目でまた眉を寄せた。吐きそうなのか泣きそうなのかどっちかにしろよ。なんて少し笑ってしまった俺に越野が「何楽しそうにしてんだよ」なんて言いながらうえっと声を漏らして、俺は吹き出しそうになった。さっきまで綺麗な女性と話してたくせに、本当に一緒にいて飽きない奴。なんて友達が大変な状況なのに笑ってしまう俺は性格が悪い。とかなんとか考えて「ありがとうございました」と、お店に入る前に女性に会釈してから越野をトイレまで連れて行った。






「越野、立てる?」


「うーん、もう食えねー」


「何をだよ」


「...仙道、モテてムカつく」


「あはは、褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」





「しょーがねーな」なんて越野の腕を肩に回して無理矢理立ち上がらせてトイレから出ると、先程越野と話してた女性がカウンターに座ってた。「あ、さっきはすいませんでした」と、声をかけた俺に『良いわね、あなたのお友達は素直で』なんて小さく笑って、越野に視線移していく。「こいつ、良い奴ですよ」と、俺は自分でもなんでこんなことを言ってるのかわからない言葉を吐いていくのに、その女性は『そうね。良い人そう』と、越野を見つめている筈なのに、どこか違う人を想ってるみたいに見えた。「何、俺の前でいちゃついてんだよ」なんて越野が怪訝そうに眉を寄せたのが見えて、俺は「してねーよ。周りの奴がみんな恋してると思うな馬鹿野郎」と、小さく笑って店を出ようと越野の腕を掴む手に力を込める。その日、俺はそのまま女性に少しだけ会釈してから越野と店を後にした。















その後何度か店の前を通った時に、越野と話していた女性を見かけた。毎回、隣にいるのは違う男性だったから、彼氏がいるわけではなさそうだ。なんて俺には関係ないことなのに何故だか気になって、ある日俺は友達がトイレを借りたから、と言う最もらしい理由をつけて、バーの手伝いができないか交渉した。俺が店を手伝った時に、彼女が来るかもわからないのに、だ。あの日、手伝えることが決まって店のカウンターでお酒を作ってた時に彼女は現れた。なんだか酷く、疲れたような顔をして。仕事終わりだからなんだろうか?首にかかってる社員証を取るのも忘れるくらいに疲れていた彼女に、知らない男が声をかけていて、なんだか口論になっている様に見えた。男が手を振り上げた瞬間に、俺はその男の手首をパシッと掴んで「お客様、女性に暴力はカッコ悪いんじゃないですか?」なんて、カッコつけるみたいな台詞を口から吐いて、続ける様に「それに警察沙汰はあなたも困るでしょ」と、言った俺に男が舌打ちをした後に俺の手を振り払って「このクソビッチが!」なんてドラマの脇役みたいなセリフを吐いて店から出て行った。俺は少し呆然としてる彼女に向かって「大丈夫?」と、声をかけると、彼女はハッとした様な表情をしてから『ありがとうございました』と礼儀正しくお辞儀をしていた。俺のこと覚えてるわけ、ないか。なんて淡い期待をしていた俺は、彼女の名前を確認するみたいに社員証の名前を見つめた。あれ?この社名、確か牧さんの...。なんて思いながら「いや、怪我がないなら良いんだけど。君も煽るような発言はやめといた方が良いんじゃない?えーっと...田中...さん?」と、彼女の名前を確認するみたいに名前を呼んだ。読み方もあっていたらしい俺の言葉に『え...?なんで、名前を...』なんて不思議そうに俺を見た彼女に、何故だか俺の胸がどんどん熱くなっていった。「あはは、ごめんごめん。社員証、まだつけたままだから勝手に見ちゃったんだ」と、教えるみたいに自分の首元を指で指すと、彼女はすぐに社員証を首から外してバックの中に押し込んでいった。『すみません。お店に迷惑かけちゃって...帰りますね、お会計いくらですか?』と、サラリと耳にかける様に下に垂れた髪をかきあげながら言う彼女の言葉が聞こえないみたいに見惚れてしまった。一目惚れなんて、柄じゃない。だけど何故だか見つめてしまう。凛としてる癖に儚げな彼女の表情に、心が奪われるみたいに動けない俺は思わず「今日の会計は大丈夫」なんて口が勝手に動いていた。眉を寄せた彼女に、何か言わないと変に思われる。なんて思った俺は「お礼と言ってはなんですが、俺と今晩いかがですか?」と、馬鹿みたいに笑顔を作って見せた。こんな提案、馬鹿みたいだけど、今の俺と彼女の接点を作るにはこれしかなかった。そして驚くことに彼女は『いいですよ。ただし、一晩限りですから』と、ため息まじりに呟いた。なんでそんな悲しい表情してる癖に、そんなこと言うんだろう。なんて思うのに、彼女の返事にどうしたって口角が自然と上がってしまう俺は「じゃ、俺が仕事上がるまでちょっと待っててください」なんて言って、バーカウンターに戻っていった。









Back