Prologue


くすんだ曇天に極彩が舞った。
鮮紅が、純白が、漣のように花弁が散らばり、麦の黄金が降り注ぐ。
瀟洒に脆さを孕む石壁が、整然の裡に欠け崩れた石畳が、塔と隘路が綾成す街は、透きとおった翳りに沈み、霞んだ白茶を呈していた。
帝国東部、皇帝直轄領――塩鉱都市ロダ。
聳える尖塔より撒かれる花は芳しく、鮮やかに華やかに、鈍色を裂く。中央広場の一辺、白茶に浮く商取引所の対岸。中央広場という湖の湖畔に佇む理の家――聖ヴェリカ教会。紫黒を纏う人々が、深緋を纏う人々が、辛うじて塊と呼べるような疎らな様で、教会の前にて談笑していた。
 風に舞い踊る花弁は、風を切って落ちる黄金は、女神が棲むという蒼穹から下賜されているかのようでもある。歓喜の雫が滴るように、数多の極彩が、灰の緞帳から振り撒かれていた。
 教会の鐘楼が、祝福の鐘を響かせる。
青年に手をかけている花婿と、少女より孵化しかけている花嫁が、教会の鉄扉より現れた。敷石の湖に浮かぶ島の、箱めいた石壁に、楽士たちは寄り添うように控えている。弦と笛が旋律を生み出し、観衆が歓びを弾かせた。
金緑の髪が揺れ、花婿が歩を進め始める。わずかに遅れ、花嫁も歩を踏み出した。
霧雨のようにやわらかに、極彩の花弁が舞い落ちる。芽吹いた若葉を慈しむ滴のように、彫像を濡らす夜露のように、祝賀の漣は曇天を撫で、花びらを巻きこんで零れ散った。花嫁のやわらかな白銀の髪は、紋様のように編みこまれ、薔薇で飾られている。結い上げた髪を覆う純白の薄布は、滑り落ちる瀑布のように深緋の衣装に重なり、清楚な華やかさを醸し出していた。
 教皇派の名家、ヴェッターグレン家。そして、教皇派の新興、ノルドヴァル家。皇帝派都市ロダにおける、同派において対立するふたつの家の、婚姻。
 弦の調べに鈴の音が重なる。

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