Chapter 2




 黒の大窓が聳え立つその場所には夜の闇が滲み、ゆらめく燭台の灯の光沢がひとり椅子に座る男の単眼鏡に踊る。

「さて、気づけば取り残されてしまったようだね」

 瞼を落としたまま、かすかに笑みのようなものをたゆたわせる男。男から少しだけ離れた壁際、その横顔を眺める位置に佇む銀髪の青年が、無言のまま、夜に融かしていたその気配をわずかに押し出した。

「実は君についてもあの青年から預かった言葉がありはするのだが…」

 ゆらめく蝋燭の灯にその身を与えながら、男は思索に沈むように唇を落とす。
 やがて男は組んだ指で口許を覆い、静かにその瞼を持ち上げる。

「アクィレイアの一件については、正直、腑に落ちない」

 闇を見据えるその目はひどく鋭く、橙という光がちらつくその蒼はすべてを呑んだ上で静謐を呈する夜の漆黒に近しい。

「腑に落ちないが、そんなことはどうでもいいとも言える。だが、公爵家の連中が次に潰しにかかるとしたら、素直に考えて、それは選帝侯たる我々だ。そして、我が身は何よりも可愛いもの。私に足許を掬われる趣味はないし、斃れてやる義理もない」

 そこで男は首を擡げ、背後を見遣るように首を巡らせて、悠然とした笑みを浮かべながら青年を見据える。

「ここに来た大司教も君には触れなかった。それが彼の意思によるものなのか他の者の意思によるものなのかは別として、あの青年の片腕として知ってはならないことまで知っているであろう君を放置するなどとは、不用心にもほどがある」

 愉しげに紡がれるのはどこか含みのある言葉。

「君が行きたいところにはどこへでも行けるよう手配しよう」

 単眼鏡の奥の蒼に宿るのはふてぶてしさをすら超えた不敵の色。

「休暇など、取ったらどうだね?」

 これに青年は呆れを隠すことなくその藍の目を眇めた。

「随分と都合のいい」

 遠慮のない青年に男は楽しげに声を上げて笑って。

「生き延びること、血を繋ぐこと。あの青年やあの少年を傍で見てきた君になら解るだろうが、それが生まれ落ちてより土地と人とを背負っている我々の義務であり責務だ。そのためになら、いくらでも狡く姑息に生きてみせるさ」

 面白がるような声音を響かせながら、緩慢に首を戻すにつれ視界の隅に移ってゆく青年を横目で捉え続けながら、男はその口許にたゆたう笑みを深くした。

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