Chapter 1




 それは闇であると、おそらく人は呼ぶのだろう。
 手燭に縋るように溶けた蝋になんとか刺さっている芯が貧弱な炎をゆらめかせ、それは石を噛ませて造られた壁のその隙間から吹きこむ風と噎せるような湿気にそれこそ風前の灯だった。
 壁に何か弾力のあるものが押し付けられた鈍い音。それと同時に石に金属がぶつかった時に立てる賑やかな金属音が爆ぜ、金属が石の床を擦る音がそれを追いかける。

「答えてもらおうか、カトゥルス・アクィレイアに同調した輩の名を」

 壁を背にずり落ちる青年の前に立つのは、抜き身の剣を手にした恰幅のよさだけが光源の乏しい闇でも目立つ男。長い髪が顔にかかり鎖に繋がれている青年の表情は見えないが、引き結ばれた唇の端から伝うのは紛れもない血液。

「言えないか。そうだろうな、言えぬのだろう?」

 かつり、と、剣の切っ先が石を奏で。

「保身ほどに大切なものもないからな。だからこそ貴様は我が息子を見殺しにした」

 震えるように持ち上げかけられた青年の唇は、饐えた空気だけを吸って再び結ばれる。
 それは闇である、と、おそらく、ひとは呼ぶのだ。
 男が動き、大気がゆらぎ、そのささやかさに蝋燭の灯が消えた。
 青年の髪が掴まれ、男を仰がされ、闇が染める藍とも紫ともつかない片目が細められ、鎖が引き摺られた。
 剣が踊り、肉が裂かれ、放された手に支えるものを失い、辛うじて石壁にその背を預けるも自らの片足の腱から広がり行く血溜まりに噛み殺し切れない苦痛をもって青年は身を浴す。
 肩で息をし、ぎこちなくしか思い通りにならない身体を持て余す青年を、男は冷えた目で見下した。

「答えてもらおうか、カトゥルス・アクィレイアに同調した輩の名を」

 嘲るように弄するように、青年は掠れた息を吐く。

「そんなもの」

 吊り上がるのは両の口の端。擡げられるのは強がりにも似たいまだ力を失わないでいるその面。

「知るはずもないだろう?」

 縺れた髪から覗くのは、それこそ数多の色彩の流動する闇が融けた、鋭いだけの挑むような炯眼。
 煙の残滓がたゆたうように、縺れた白金は暗がりに映え。
 それこそが闇である、と、そう人は呼ぶのだ。

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