Chapter 1




 扉を開けると、そこには糸を失った操り人形のように頽れる背中があった。
 その軌跡を追うように、朱という色彩が飛沫を飛ばした。
 それと重なるように、小銃を構えた格好のままの男がどこからか飛んできた銃弾にその胸を撃ち抜かれ、沈んでいった。
 頬を掠った朱は生温く、床に崩れ落ちた肉体は丸まって眠る幼子のように肢体を投げ出す。大理石の無垢なる白を、亜麻色の髪に隠れるこめかみから流れ出る朱が、いまだ残る温もりをもって浸蝕していった。命の熱は無機物の熱に取って代わられ、やわらかさは硬化への道のりを駆け出し始める。
 一点の曇りもない白には、命の朱はやけに浮いてしまう。
 ざわめきと緊迫と、恐慌寸前の沈黙と。
 喧騒としか取れない混乱に、強く毅く、玲瓏たる声音が響き渡る。

「シルザ大司教シャグリウスとしてではなく」

 色彩の流動する藍の目が冷えた熱をもって足許を見つめ、

「ガイウス・アクィレイアが第三子」

 かたちの良い唇が、

「シャグリウス・アクィレイアとして問う」

 震えの均衡を保つ一線を維持する音律を紡いでゆく。
 静まり返る白の空間。
 その最上に佇むひとりの女、白に相対する漆黒。無言のまま、笑むことも嘆くこともなく、血溜まりに青年を見下ろすのはひどく澄んでいるだけの蒼。
 わずかに青年の顎が上がり、

「いったい何を命じた?」

 やわらかなプラチナブロンドが優美に揺れる。

「何を画策し、何を泳がせている?」

 鷹揚に持ち上げられる面と、女を捉える静謐な目。

「その先に在るものは何だ?」

 かすかに持ち上がる口の端。わずかに沈んだ肩と、流れるプラチナブロンド。

「答えろ」

 女を見据えたまま、女を睨めつけたまま。

「答えろ、ラヴェンナ!」

 警護の黒に両脇から上体を沈められながら、それでも青年はその声音を持って大気に割れんばかりの振動を与える。
 それはまるで、限界まで抑圧されていた感情が撓り爆ぜるような。
 それはまるで、限界まで抑圧していた感情を呈さずにはいられないような。
 無表情のまま、ともすれば酷薄に青年を見下ろしているだけの女と。
 感情を剥き出しにし、引き摺られ押さえつけられながらも女を睨めつける青年と。
 白に血溜まりをつくるそのものと、しんと静まり返った法廷と。
 混乱がさざめく傍聴席。それこそ人形のように動かない黒髪の少女が、感情のゆらめかないその硝子玉のような蒼に、ありのままの光景を灼き付けていた。

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