Chapter 4
ファウストゥス暦423年、ユニウスの月の第四日――サヴリナ。
サディヤ侯爵邸として知られている館の回廊を、案内の家人に導かれ、黒衣の青年が歩んでいた。やがて辿り着いた扉を、家人は恭しい礼とともに開き、青年に入室を促す。青年が歩を踏み出すと、開け放たれた大窓から初夏の風が流れこんできた。窓から溢れる中庭の緑のきらきらしさに、青年は目を眇める。その背後で、ひっそりと扉が閉じた。
窓辺に置かれた寝台で、枕を背に上体を起こして中庭を眺めていた白金の髪の青年が、ゆっくりと、来訪者に眼を移す。扉の前で立ち尽くしているイェレミーアスに、包帯で片目を覆った青年は静かに微笑んだ。
「申し訳ないが、このままで失礼させてもらうよ。身を起こしての会話は、まだ辛いんだ」
鋭さを帯び始めた陽光に、青年の白金の髪が燐光を纏うかのように煌く。湧き立つような淡い色彩は、せせらぎめいた緑陰が揺れるに任せて、その輝きを流動させた。
片目の青年のやわらかな短髪を掻き回した風が、少しだけ遅れて、イェレミーアスの頬を撫でる。躊躇うように顎を引いた後、イェレミーアスは己に向けられている淡い藍の目を見据える。そして、音を刻んだ。
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