Chapter 3


肌を湿らせるほどに潤んだ闇にゆらめくのは、わずかな気流に翻弄されるささやかな手燭の灯。滴るような闇を際立たせるだけの炎が融かした透明な蝋の雫が、短くなった蝋燭を伝い落ちながら濁り凝り、やがてはその動きを停める。

「だめだ」

と、声のような息が零れた。

「だめだ、いくな」

あどけない制止はかすれた声となって霧散する。立ち上がろうとした男の脚は自重を支えることができず、均衡を崩した身体はなんとか鉄格子に右の指先を絡ませながら頽れた。開いた腱の傷が包帯を赤く滲ませ、男の動きに引き摺られて浮き撓む鎖がけたたましく鳴る。
鉄格子を掴んだ手に力を籠めて上体を引き摺るように前進しようとする男の視界には、振り返ることなく去ってゆく女の背中。追い縋るように伸ばした左腕の指先が女をかすめるはずもなく、遠くなる靴音だけが反響する。

「行くな」

小さくなってゆくしなやかな背中を見つめたまま、鉄格子を握り締める男の指先の包帯には朱が滲む。

「行くな」

 這いずりながらも前に進もうと鉄格子を掴む男。その傍らには鎖に弾かれて横倒しになっていた手燭。石畳に零れた蝋にゆらめく炎が、一瞬だけ燃え盛り、消える。
床に融け崩れた蝋に埋もれた黒焦げの芯からは色を失った煙だけが淡く細く立ち昇っていて。

「行くな、ラヴェンナ!」

喉が裂けるような血を吐くような、慟哭めいた叫びが闇に渦巻いた。


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