Chapter 3
不規則に重なる振動が大地を穿つような鈍い轟音を伴ってゆく。それが砲撃によるものと知る女の腕は、冷えた肌と温い肌を布越しに重ねたところに生まれたささやかな熱を掻き抱くかのように、固く互いの骨を軋ませる。潤み冷えた大気に奪われゆく温さを手放せないまま、ともすれば嗚咽に転じてしまいそうなひくつく喉を落ち着かせるかのように、唇だけで女は笑った。
「行かなきゃ」
ぬくもりと共に耳もとで生まれた音に、ゆっくりと、男の瞼が持ち上げられた。
「ねぇ、シャヴィ」
慈しむように愛おしむように、女はひとつの呼称を落とす。
「甘えることを許してくれるのなら」
くすぐるように甘噛むように、手燭の炎に艶めく朱唇が男の耳朶を撫で。
「どうか、貴方は生き延びて」
男の耳もとから離れる朱唇が身勝手なだけの願望を撒いた。
絡まっていた腕が解かれて剥がれゆく熱と、その瞬間から奪われゆく温さ。女の刻んだ音律が意味することを理解した男が揺らぐしかない目を瞠る。無防備な幼さを纏う男に、漆黒を纏う女が浮かべたのは、甘くもなく酷薄でもない、澄みきった蒼穹のような、透きとおった微笑。
ゆっくりと持ち上げられる淡い藍に、漆黒を翻しながら踵を返し、迷いのない歩調でその場を立ち去る女の背中が映った。
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