Chapter 1


◇◇◇◇◇◇◇

 月光よりも冴えた煌きを放つ星々が、触れれば肌が裂けてしまいそうなまでに鋭い光を地上に零す。透明な青褐が広大な夜空と茫漠たる砂丘を覆い、含んでいる水の粒子が凍てついていると錯覚するほどに冷えた大気に細やかな砂が軋んだ。陽光に曝されれば、たとえそれが日の高い日中であっても、この土地においては暁と茜の色彩は地に封じられて蒼穹と相対する。この地に自治領を形成する帝国において異民族と呼称される者たちの神話によれば、この砂漠は、きらきらしい緑と数多の湖に溢れていたこの土地において、水底より湧き出でた一族と対峙した銀の腕の神がこの世と彼らとを繋ぐ道を塞ぐためにすべての湖をその強大な力をもって一瞬にして蒸発させたことにより生まれたとされていた。
 シュタウフェン帝国北東部、丹砂の砂漠のオアシス都市キィルータ。トリノウァンテス族自治領領都であるこの都市には、シィ教を奉じるトリノウァンテス族とテウトニー族の自治領を統括するデシェルト総督府が置かれている。
 星屑ごと掬えそうな潤んだ印象の乾いた夜空を切り取る窓に、間断なく揺れ踊る薪の爆ぜる暖炉の炎が映りこんだ。

「総督が連行された?」

 腕組みをしながら暖炉の前に立つ老将が傷の走っていない方の蒼の目を書類が雪崩を起こしかかっている執務机についている同僚に向ける。デシェルト総督の留守中にキィルータを預かる、総督の副官たるアレン・カールトンは、空高く飛翔する鷹ですら射落とせるのではないかと思ってしまうような老将の炯眼を受け止めて、子どもに懐かれそうな穏やかさの中に――もっとも、帝都にいる家族の許では、彼は二児の良き父だ――困惑を滲ませながら小さく溜息をついた。

「予想の範囲内ではあります。だからこそヘルツォーク殿も、帝都に自分を置いて兵を率いてキィルータに戻れ、という総督の命を受け容れた。違いますか?」

 帝都からキィルータに到着したばかりの黙したままの老将――ヴァルター・ヘルツォークに、帝都からの鳩により得た事柄を告げたカールトンはそれこそ困ったような笑みを見せる。

「そして、もし仮に総督の立場に立たされたのならば、貴方も私も同じ行動を採ったでしょう。率いる兵が近くにいたのなら――たとえそれがいかに少数であろうとも――総司令官が理由も判らずに連行されるような事態になった場合、最悪、彼らが陛下へ弓引く可能性を廃することはできない。それ以上に状況を悪化させることなく、表面上だけではあっても穏やかさを保つための、一般論としては最善の方法です」

 やんわりと、しかし明瞭に言い切るカールトン。老将は太い苦笑を浮かべ、

「相変わらずの気に障る物言いだな」

 からかっているような面白がるような声音で、人によってはカールトンに負けず劣らず気に障るであろうことを、それこそさらりと口にした。

- 15 -



[] * []


bookmark
Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -