Chapter 5


 やわらかな陽光に満たされた長い回廊。きらびやかな蒼穹を透かす優美な細工の窓枠。その精緻な影が紅の絨毯に紋様を刻む。
 そこここで歓談する人々の間を縫って歩く自分の、忙しない靴音がやけに耳障りだ。
 なかなか目的の人物の許へは辿り着かない。実際はそれほど時間を要したわけではないのかもしれなかったが、他のものが見えなくなっている者にとって一瞬は永遠だ。
 ヘッセン・ダルムシュタットの支柱、峻厳にして壮麗な聖レイエス教会。
 一昨昨日の葬儀の気配が掻き消えきれないでいる教会の、控えの間として使われている一角。その一室の扉の前で目的の人物を見つけた私は、歩調を緩めることなく歩み寄る私に驚いているらしい彼女の、その細い手首を掴む。
 そして、彼女がその痛みに顔をしかめていることになどかまわず、私はそのまま手に力を篭めてそのたおやかな身体を引き寄せた。
 眼を逸らそうとする君にそれを許さず、私は正面から問いをぶつける。

「いったい何を考えてる?」

 この唐突な問いに、君は周囲に眼を走らせながらわずかに顔をしかめてみせた。

「何のことを言っているのか判らないわ」
「そんなことは訊いていない」
「無茶苦茶よ、貴方」
「君ほどじゃあない」

 追いついてきたダリオが、彼女に食ってかかる私を制止しようと、私の肩を軽く後方に引く。彼女の傍らに佇むのは彼女の従者。ダリオが彼に会釈をしたらしく、金髪の従者は無言で目礼を返した。

「どういうつもり?」

 静寂がざわつくここは彼女に与えられた部屋。少なからず人目を惹き始めたことに気づいた従者たちが私たちを彼女の背後の扉の奥へと押しこんだその先。

「それはぼくが訊きたい」

 お互いの抑えた声音だけが響く。

「どうして選帝侯の申し出を受けた?」

 その先に待っているものなど、知れている。

「それが今の私が手にできる最も恵まれた選択肢に思えたから」

 小振りな唇から零れ落ちたのはそんな言葉。長い睫毛が縁取るのはつくりの甘さを裏切って冷えた怜悧さを見せつける蒼の虹彩。微かに両の口の端を持ち上げて、君はやわらかさなど無い硬質でどこか清廉な微笑を浮かべた。
 彼女は生きていたいのだろう。
 そんなことは、私にすら、考えなくとも解ってしまう。
 だが、そのために彼女が呑み干さねばならないのは、煌びやかな虚飾と美麗なる虚栄とを溶かした甘美なる毒の杯だ。
 窓から差しこむ陽差しの、そのやわらかなあたたかさに泣きたくなる。
 立ち尽くす私の目の前で、君は長椅子に座り、脚を組んだ。そして腰をひねって背凭れに手を掛け、私を見上げる。

「ベルナドット公爵の意思によりヘッセン・ダルムシュタット大司教は毒に溺れた。ただひとり、ブランデンブルク伯爵領進攻に対し正面から公爵に諫言した権威も影響力もある選帝侯。その老人を病死として葬り去る。考えていることが、本当に解りやすいわね」

 淡い冷笑めいたものを、彼女は浮かべる。

「そして彼は今、エマヌエーレ公爵と対峙している」

 ベルナドット公爵エレクティオンとエマヌエーレ公爵アンジェロの争い。現在進行形で展開されているその出来事の結果は、まだ出ていない。にもかかわらず、選帝侯は公爵ではないエマヌエーレ公爵令嬢を皇帝に推そうとしている。
 その意味するところなど、明白だ。

「大丈夫よ」

 と、彼女は言った。
 大司教を毒殺することで選帝侯からの信用――利用価値と言い換えてもいい――を失ったベルナドット公爵。彼の立ち振る舞いによって図らずも混乱した帝国を一時的にでも纏め上げるために必要なのはひとつの重し。それが名目上のものでしかないとしても、いや、それが名目上のものでしかないからこそ、それは求められる。
 そして、だからこそ、彼女が推されるのだ。

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