Prologue


 蒼の薄闇という夜の名残が世界を満たす夜明け前の数刻。肌が裂けるのではないかというほどに張り詰めた、吐息すら凍る、底冷えのする喉にざらつく大気。

「かつて、我々は誓った」

 そこに響くのは、静かに、しかし確実に大気を震わせる、低く落ち着いた壮年の男の声音。

「我々はこの帝国のためにこの身を捧げることを誓った。この帝国を護ることを、誓った。陛下をお護りすることとはすなわちこの帝国を護ることであるということを、この帝国を護るということは陛下の臣民を庇護することであるということを、我々は知っている。ゆえに、我々はいかなることがあろうと陛下の前に、その傍らに、後に、立つ。その御身のお傍に、常に、在る」

 城塞を挟むように南北に聳え立つは峻厳たる岩山。雪を冠したそれらは淡い蒼を放ち、夜明け間近の空と同化する。

「我々はこの帝国のためにこの身を捧げることを誓った。我々はこの身に代えてでも陛下をお護りすることを誓った。では、今はいかなる時か。陛下の坐すこの帝都が反徒に囲まれ、陥落の淵にある今とは、いかなる時か」

 吹き抜けるのは薄氷のごとき鋭さの冷ややかな風。はためき翻るは銀糸のきらめく紅の旗。夜明けの薄い陽光にきらめくその銀糸が描くのは、天秤と剣とが交錯する、このシュタウフェン帝国の国教たるヴァルーナ神教の標章にして帝国紋章。

「我々はこの帝国に相対する総てのものに対峙する。すなわち、陛下に相対するもの総てに対峙する。我々は陛下の近衛。最も陛下の近くに控え、陛下の楯となるべき者」

 峻厳たる山と山の間に建設された七層からなる白亜の帝都−−城塞都市ティエル。帝国国教ヴァルーナ神教ファウストゥス派における最高位の聖人−−聖パトリック生誕の地という伝承に彩られた帝国の都。
 帝都を囲む城壁の外、東の城門の前。都市の内と外とを区別する城門の鉄扉は固く固く閉じられている。城門を背にして整然と並ぶのは、鈍い光沢を放つ鎧に身を固めた近衛騎士。彼らの騎乗する馬の吐く白い息が夜明け前の冷ややかな大気に溶ける。

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