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「また酒に呑まれてきたのか」


泥酔状態でソファーに突っ伏していると玄関から彼の声が聞こえてた。返事をする気になれず「ん〜」とだけ唸ると、外の香りがつんと漂う。エイデンはソファーに腰を下ろすと私の背中を優しく撫で始めた。


「俺は随分冷たい恋人を持ったもんだ」

「…えいでん」

「誰と飲んでいた?」

「…しってるくせに〜」


どうせGPSなり盗聴器なり私に仕込んでるくせに。本当、白々しいったら。エイデンの服の裾を掴み引っ張ると彼は背中を撫でるのをやめ、私の手に指を絡ませる。珍しくエイデンが甘えん坊さんモードだ。久しぶりに彼の顔が見たくて頑張って仰向けになると、しかめっ面をしたエイデンが視界に入った。


「…え、私浮気してないですよ」


いつにも増して眉間のシワがすごい。


「そ、そりゃエイデンが会いに来てくれたのに酔っててごめんなさいって思ってますけど…」

「バーで男に言い寄られてた」

「…ああ、やっぱり見てたんじゃないですか。ちゃんと断りましたよ。ちょっとしつこかったけど」

「ああいうのはもっと強く言わないと駄目だ。なんなら俺が持たせた護身用の警棒を使えばよかった」

「あんな危ないもの外に持って行きませんよー」

「何?」


しまった。エイデンの眉間のシワがさらに深くなる。あんなに肌身離さず持ってろと耳にタコができるほど言われていたのに。


「名前。君は警戒心が無さすぎる」

「はい…」

「君はまだ若いし痛い目にも合った事が無い。俺が守っているからだ。だがもし俺が手を離せない時、君を脅かす存在がいたら?武器も持たないこんな細い腕でどう悪漢に立ち向かう」

「イヤ〜」

「おい、ちゃんと聞け」

「エイデンが守ってくれるから武器なんかいらないんです〜」

「こら」


顎を掴まれ無理矢理エイデンの方を向かされる。


「今お酒臭いから顔近付けないで下さい…」

「酔った状態で夜道を歩いてきたのか?」

「だってエイデンが悪いんです!」

「あ?」

「ひえっ!だ、だってエイデンが私を放ったらかしにするから…」


そう涙ながらに言うとエイデンは口を黙らせ、私からそっと身を引いた。ああ、ちょっぴり寂しい。エイデンは申し訳なさそうな表情をしてソファに身を沈めた。


「エイデン、ごめんなさい。違うんです。私エイデンを応援したいし忙しいのも仕方ないし全然…」

「いや、確かに俺が悪い。恋人をこんなに泥酔するまで放ったらかしにしてたんだ。何処の馬の骨かわからんやつにナンパされても仕方ない」

「うっ」

「悪かった。これからは気をつけるし、連絡も頻繁にする」

「わ、私エイデンの重荷になってませんか?私が我慢すればいいだけの話ですし、エイデンは自分の事だけに集中して欲しいです」

「名前、愛してる」

「うひ」


思わず顔を背けてしまった。いつのまにか酔いは覚めていて羞恥心で顔を覆う。なんて痴態を晒してしまったんだ私は。エイデンはただでさえ疲れているのに、きっと睡眠もあまりとっていないだろうに。

ソファの隅に足を曲げてうずくまる。


「名前はそのままでいい。もっと俺を頼って欲しいし、もっと我儘を言ってくれ。そうしてくれた方が俺は嬉しい」

「エイデンは私を甘やかしすぎだと思います」

「俺に何も言わずに溜め込んでバカなことされるよりはマシだ」

「…エイデン好き」

「もっと言ってくれてもいいぞ」


顔を上げてエイデンを見ると優しく微笑んでくれた。やっぱりエイデンは大人だなあ。そして格好いい。こんな人が恋人だなんて私はすごく幸せ者だ。

エイデンの胸に飛び込むと優しく抱きしめ返してくれる。エイデンの匂いすごく好きだ。頬にキスをすると、忙しくてあまり処理されていない髭がチクリと唇に刺さる。こういうおじさんっぽいところも好きだ、っていうとエイデン嫌な顔するから言わないでおこう。


「エイデンにエロ写メ送ってお仕事応援しますね」

「ん…いや、あー…嬉しいが仕事に集中出来ないからやめてくれ」

「じゃあデフォルトに送ります」

「名前?悪い子にはお仕置きだぞ」

「冗談ですよ!」

「冗談じゃなかったら電子機器を取り上げて監禁してた」

「か、顔がマジですよ」

「マジだからな」




数日後、私はまた一人でバーにいた。今回はちゃんとエイデンから渡された護身用の警棒もバッグに忍ばせているし大丈夫だ。何が大丈夫なんだ?

エイデンと付き合う前から夜の街を飲み歩くのが日課だった。そんなすぐにはやめれないのだ。別にエイデンのお仕置きを期待しているわけではない。決してそういうのはない。


「へい彼女」


今時、へい彼女と話しかけてくるナンパがあるか?


「一人で飲んでるの?付き合おうか?」

「結構です。私、最高の彼氏がいるので」

「でも今はいないじゃん。ケンカしたの?慰めてあげるよ」

「なんだと貴様…」


話しかけてきた男の顔をよく見てみる。あれ、こいつ確かこの前ナンパしてきた男じゃないか?こいつ自分がナンパした女の顔も覚えてないんだ。


「名前。帰るぞ」

「え、エイデン?!」


ナンパ男が私の隣に座ろうとした時だった。何故かいるエイデンに肩を掴まれ無理矢理席を立たされる。何でここが?!とエイデンに聞くと彼は悪怯れる様子もなく「GPS」と答えた。

エイデンはカウンターにお代を置き、店員に「釣りはいい」と素っ気なく伝える。釣りはいい、なんて言う人なかなかいないよ。いくらなんでも私の恋人 格好良すぎるんじゃないだろうか。

その様子を唖然と見ていたナンパ男がハッと我に返り、私の腕を掴んだ。


「いたっ」

「…」


強い力につい声を上げるとただでさえ険しかったエイデンの表情がさらに険しくなる。


「アンタが最高の彼氏か?」

「…そうだが?」

「駄目だよ〜彼女一人で飲ませてちゃ」

「この女は俺にお仕置きされたくて一人、危機感もなくお酒を飲んでたんだ。プレイの一環だよ」

「エイデン?!」

「どうやら彼女は俺のお仕置きが待ちきれないらしい。じゃあな、ナンパ野郎」


エイデンと私がバーを離れた後、パトカーが数台通り過ぎて行った。まさかと思いエイデンを見ると「あいつに町を離れた方がいいと伝えるのを忘れてたな」とドヤ顔で笑っていた。

近くに駐車していた車に乗る。エイデンを見つめていると自然に気付いたエイデンが口を開いた。


「なんだ」

「運転するエイデン格好いいです」

「…いいか名前。俺は怒ってるんだぞ」

「え!」

「当たり前だろ。お前は学習能力がないのか?それとも本当に俺にお仕置きがされたいのか」

「…」

「名前…わかった。お前は一度痛い目に合わないとわからないようだな」


エイデンの大きなため息が車内に響いた。



20190123


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