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ここ最近、私の周りでは"色々"あった。"色々"だ。母のお気に入りのバッグが飼い犬のお気に入りにされたり、弟の彼女が出会い系サイトどパパ活をしていたり…マックスが引っ越したり、クロエのお父さんが事故で死んだり…本当、色々あった。

マックスとクロエとは私の思い込みじゃなければ、友達だ。ただクロエとはいつもどこか馬が合わなかった気がする。でも決して嫌いだとかではなく、少し苦手なだけだ。世の中の"仲良し三人組"ってうまく言えないけどそういうところあるでしょ?体育の授業で二人組を作れと言われて困ってしまうやつ。そんな感じ。でもクロエの事もマックスの事も大好きなのは確かなんだ。

「…名前は、どこにも行かないで」

多分、きっとクロエが今一番肩を寄せ合いたい相手はマックスだ。マックスはこういう時、なんて言うんだろう。どういう風に、どういう言葉でクロエを元気付けるんだろう。今までクロエとの関係を蔑ろにしていた私はただ彼女の震える肩を引き寄せる事しかできなかった。やっぱりクロエの事は、どこか苦手だ。



それからクロエは、なんというか、グレてしまった。仕方がないのかな、とは思うけれど…たまに女の子のように扱われたり、優しくされたりすると苦しくなってしまう。この苦しさは今に始まった事ではない。きっとクロエは"なんとなく"なんだろうけどその"なんとなく"で、いちいち胸が苦しくなるのはたまったもんじゃない。


「名前、今日サボろうよ」

「ええ、だ、駄目だよ」

「駄目。名前が来ないとクロエ拗ねちゃうんだから」

「レ、レイチェル…」


時間が経ち、レイチェルと出会い、クロエはだんだん笑うようになっていった。笑いながら私の手を引くレイチェルが眩しい。きっとレイチェルがクロエにとっての一番の特効薬なんだ。マックスの代わりの私なんて、もう必要ないはずなのに。

校門前に駐められたクロエの車が視界に入る。


「名前!レイチェル!早く乗れって」

「名前の運動音痴も考えてあげてよね」

「はは、悪い名前。忘れてた」

「はあはあ、別に、大丈夫だし…」

「はいどうぞ?足元に気をつけて、名前お姫様」

「あらありがとうクロエお姫様」


中からドアを開けてくれたがクロエにお礼を言って中に入る。私はいつも真ん中に座らされる。クロエもレイチェルも私を仲間はずれにしないようにしてくれているのだろうか?だとしたら二人の優しさが悲しい。マックス、早く帰ってこないかな。私は小さくため息をついた。




「前から名前の事気になってて、よかったら俺と付き合ってほしい」


持っていた筆箱を落としそうになった。彼とは、特に仲が良かった方ではなかったが時々挨拶を交わしたりしていた。彼はそのまま言葉を続けて、私の長い黒髪が好きだとか吸い込まれそうな黒い瞳が好きだとか笑顔が好きだとか儚さが好きだとかアピールしている。儚さ、とはなんだろう。必死に私に好意を伝える彼を見て、つい笑ってしまうと彼も歯を見せて笑った。ああ、なんかいいなと思ったのはさておき「少し考えさせてほしい」と言えば彼は「もちろん」と優しく微笑んだ。

その日の夜、自室のベッドで寝転んでいるとクロエから「ドライブ行くぞ」とメールが来た。レイチェルもいるだろうと思い、親に気付かれぬように家を出ると少し離れた場所にクロエの車が止まっていた。クロエと目が合って手を振ると「早く乗れよ」と素っ気ない言葉が降ってきた。機嫌悪いなと思いつつドアを開けて中に乗り込むと、やはりクロエは黙ったままアクセルを踏んだ。


「…クロエ怒ってない?」

「レイチェルから聞いた」


私の言葉に食い気味に話し出すものだから少し目を丸くする。レイチェルから何を聞いたんだ?


「告白されたんだって?」

「え」

「レイチェルが見たって」

「ああ、レイチェルに見られてたんだ。まあ二人に隠し事もあれだし、うん。告白されたよ。びっくりしちゃった」

「…へえ」

「クロエは告白されたことある?私は初めてだったんだけど、なんだろう。恥ずかしいね。あと気不味い」

「…」

「でも悪い人じゃなさそうかな。たまに話したりしてたんだけど、まさか私のこと好きだったなんてねー」

「…ふーん」


あれ?この話あまり興味がおありでない?クロエからこの話題を振ってきたからてっきり恋バナがしたいのかと思ったのに、なんだか空気が重いのは気のせいではないだろう。このまま話を続けようか迷っているとクロエが舌打ちをして、道路脇に車を停めた。


「…で、OKしたのかよ」

「…えっと、どうしようかなって返事待ってもらってる」

「気はあるってこと?」

「うーん。わからないんだよね」

「…駄目」


クロエの片手がハンドルから離れて私の肩に置かれ、そのまま首元を撫でられる。


「付き合うなよ」


じとりと私を睨むクロエはどこか焦っているようで、余裕なんてないようにみえた。


「なんで、そんなこと言うの?」

「…なんでだと思う?」

「質問してるのはこっちだよ、クロエ」


クロエはバツが悪そうに舌打ちをして私の首元から手を離しシートに背中を預けた。私は多分わかっている。クロエが何故ああ言ったのか。何故、焦っているのか。私はわかってしまったのかもしれない。だけどそれが気のせいだったら。だから、ちゃんとクロエと話したい。


「嫌なんだよ!名前が誰かと付き合うとか」

「私は恋人ができてもちゃんと友達と過ごす時間も作るし、クロエとレイチェルとの時間を無くしたくはないよ」

「そっ、れはそうだけどそうじゃねえよ」

「ねえ、クロエ。はっきり言ってくれないとわか」


最後まで言えなかった。多分、クロエに口を塞がれているから。視界の端にクロエの水色の髪が映る。二人の体温が近くて、少し肌寒いと思っていた肌が暖かい。クロエにキスをされているんだとわかり、気のせいではなかったんだと開いていた瞼を閉じた。

いつか観た映画のキスシーンを思い出す。女と男がなんども角度を変えて舌を交じり合わせ余裕なんて感じられないキス。多分それに近い、ちぐはぐのキス。少し瞼を上げれば、必死に食らいつくように余裕がないクロエが見えた。下腹部の疼きを感じて気持ちが外に溢れかえりそうになる。

クロエと自分の間に感じていた違和感の正体に気付いた私にはもう彼女への愛しさしか感じられなくなっていた。"友達"では嫌だったんだ。私はクロエに恋をしているから、彼女の悪いところも良いところもさみしがり屋なところも素直になれないところも口が上手いところも繋がりを大切にするところも、全部、好きなんだ。

クロエの背中に手を回して抱き締める。香る煙草の匂いとクロエの香り。


「…はあ…名前」

「…んっ」


二人とも余裕なんてない。

唇が離れ、クロエの肩にもたれ掛かり息を整えていると苦しいくらいに抱き締められる。


「名前。これってさ、あたし達もう友達じゃねえよな」

「う、うん」

「名前、好き。名前はあたしのこと好き?」

「好きだよ、クロエ。多分ずっと前からクロエの事が好き」

「はは、なんだよ。あたしと一緒じゃん」


私とクロエは笑い合って、またキスをした。



20190720


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