「逃げんなよ…」
今回のフランクはなんだか元気がないように感じた。仲間内で何かあったのだろうか、エンティティに怒られてしまったのだろうか。それとも美人の彼女さんとケンカしてしまったかのか。なんにせよ生存者の私にとっては関係の無い事だ。
だけど、この状況は一体どうしたものか。発電機の修理も全て完了しゲートも解放、残る生存者は私のみ。誰の悲鳴も聞こえて来なかった儀式は初めてだ(魂の平穏をつけてきているやつはいなかった)。自分以外の生存者は全員すでに脱出済みで私もそれに続こうとゲートを目指している道中、フランクに見つかり腕を掴まれた。そして冒頭に戻る。
「あー…フランク?私でよかったら話し聞くよ」
この殺人鬼が年下だという事もありつい先輩風を吹かしてしまう。いくら年下といっても、今までたくさん殺されてきた。そうだ、私は昔からお節介を焼くのが好きだったのだ。目の前にこんな元気のない男の子がいたらいくら殺人鬼と言えど心配するじゃないか。
なんてな!今までたくさん殺された分、お前の不幸な話で蜜を啜ってやるよ…
フランクは私の言葉に返事もせずに掴んでいた腕を引き寄せ、私の背に手を回した。な、なにこれ?なんでフランクにハグされてるの?
「フ、フランク?」
「名前はやっぱり優しいなあ」
「え?あ、当たり前でしょ…」
「俺が心配なんだ?」
「…うん。元気ないから…何かあったのかなって」
フランクの手が私の腰辺りを撫でる。驚いて肩を震わせると私の反応に気分を良くしたフランクが、自分の腰を私の下腹部辺りに押し付けた。待て。ちょっと待て。なんで、あそこおっ勃てているんだこの殺人鬼!
「フランク?おい」
「ずっと名前の事が頭から離れねえんだよ。ジョーやスージーの前ではいつも通りでいようと頑張ってるけど、ジュリーにはバレて、正直に言ったら頬叩かれてさ。見ろよコレ」
そう言うとフランクは私から少し体を離してマスクを取った。その行動にギョッと目を丸くしたが、フランクは特に気にせず自分の左頬を指差す。ああ、赤くなっている。というかフランクってこんな顔していたんだ。
「すげえ音がしたんだぜ。脳みそ揺れたっつの」
「…まあ、彼氏が他の女で頭いっぱいになってたら嫌でしょ。それより私の腹に押し付けてるソレどうにかしてよ」
「なあ。俺の女になれよ、名前」
「…嫌だね!離して!キャンプ場に戻る!」
「犯すぞ」
「ひいっ」
やっぱり殺人鬼は物騒だ。尚もグリグリと私の腹にソレを押し付けてくるフランクに頭を抱える。フランクの荒い息遣いが熱に浮かされた顔が優しい声色が、本気で私の事が好きなんだと無理矢理自覚させられる。
「名前…」
フランクが目を細めてキスをしようと近付いてくる。距離を取ろうにも強い力で腰を固定され動けない。や、やめて!未成年とこういう事するのってすごく抵抗があるんだから!
「わかったよフランク」
「…いや、今喋らなくていいから」
「ジュリーと三人で話し合いましょう!」
「あ?いいって」
「よくない!ギスギスしたままは嫌でしょ」
ズンズン進み出す私にフランクはマスクを付け直す。「…おい、どこ行くつもりだよ」と聞くフランクに「ど、どこに行けばいいの?」と返せば、いつのまにかマスクをずらし口元だけ出したフランクにキスをされた。優しい声色で「ばーか」と言われてしまい、思わず顔が赤くなった。
その後、ジュリーとフランクと三人で話す機会があった。儀式意外で殺人鬼の元を訪れるなんて最高にイかれていると思うが、仕方ないのだ。私は今日、ジュリーにメメントモリされるかもしれない。
「フランクとジュリーは恋人同士だよね」
「…フランク、アンタちゃんと話したの?」
「話す前に暴走した」
「フランクのアプローチにより付き合う事になったと」
「そうだったか?」
「多分そうだった」
「私は二人に幸せになって欲しい!別れて欲しくない!それに殺人鬼同士のカップルなんて最高だと思う!
ということで話し合いの結果、フランクとジュリーは最高のカップルという事で私はキャンプ場に帰ります。末長くお幸せに」
「おい待てコラ」
誰が待つか。私を捕まえようと伸びてきたフランクの手を避けてコテージを飛び出す。ジュリーすごく怖いし何で私こんなことやっているんだろう。
外は寒い。早くキャンプ場に戻って焚き火にあたりたい。マシュマロでも焼いて温かいココアを飲むんだ。そしてジェーンの胸を枕に気持ちよく寝てやる。
「名前。止まらねえと殺すぞ」
「嫌だごめんなさい殺さないで」
仮にも私はフランクの好きな人だぞ。よくそんな殺意向けられるな。ギシギシと歯軋りをして威嚇をするがどうやらフランクには効果がないらしい。
「つうかもうジュリーと話はついてんだよ」
「えっ」
「その上での、コレ」
そう言ってフランクは叩かれた頬を指差す。
「…フランクが本気なのはわかった」
「うん」
うんってそんな可愛らしい返事をするんじゃない。フランクが本気なのもわかったし、私もその気持ちに応えて本気になろう。
私は恋人が殺人鬼なんてそんな、そんなの絶対嫌だ。刺激なんて儀式だけで十分だ。そして儀式での疲れを癒してくれるのは素朴で笑顔が癒し系な平凡な恋人。そんな恋人を作るって決めているんだ!
とりあえずフランクにどう諦めさせるか。思いつく限りの事をしよう。
「フランクの仲間の、あのドクロみたいなマスクしている男の子…」
「ジョーがなに」
さみーな、と言いながら私を抱き締めるフランクの胸を押し返すがビクともしない。それより意外と厚みがある胸板に胸が高鳴った。
「そう!ジョー。実は私ジョーが好きなの。だからフランクとは付き合えない」
「名前も知らなかったのにジョーが好きなのか?つうか俺の名前は知ってんだ」
「そ、そこから始まる恋もあるでしょ。フランクは、その…私に対して自己主張が激しいから自然と名前がわかってしまったというか」
「嬉しい」
やめてくれ。本当に嬉しがらないでくれ。あと腰を擦り付けるのもやめてくれ。こいつは本当に、今まで私を殺してきた殺人鬼なのか?と頭を抱えていると「名前がジョーの事好きじゃないってバレバレだからな。嘘つくの下手すぎ」と言われた。実に心外だ。
「じゃあトラッパーが好きなので付き合えません」
「じゃあ、ってなんだよ」
「…は、はめたな!」
「はめてねーよ。名前が勝手にはまってんだろ」
そもそもフランクは私の何がそんなに好きなんだろう。抵抗するのも疲れてきた私はフランクを見上げる。首元のドクロのタトゥーをこんなに間近で見たこともなかったし、マスクとフードの隙間から見える輪郭も短く切られた髪も暑い胸板も引き締まった体も…多分、私だけに見せる可愛い態度も。なんだか全部、愛しいと思えてきたのは気のせいだろうか。
「フランクはいつから私の事が好きなの?」
「…俺がエンティティに連れられてきて、すぐの頃かな」
「え、結構前だよそれ」
「そうだよ。だから俺の気持ちに気付いてほしくて儀式で会う度にメメントモリしたのに全然気付いてくれねーもん」
「気付くわけないでしょ」
「なあ、寒いから中行こうぜ。二階なら誰もいねえし」
フランクはそう言うと、返事も聞かずに私の手を握り外階段から二階へ上がっていく。そういえば今回私は儀式意外でオーモンドを訪れた訳だけど、果たしてキャンプ場へ戻れるのだろうか。室内に入るとフランクはソファに寝転がり私に手招きをする。まさかフランクの上に寝転がれとかそういう事じゃないだろうな。確かに身を寄せ合った方が暖かいけど、そんな…恋人みたいなこと恥ずかしすぎる。
「名前、犯すぞ」
「今行きます」
フランクに身を預ければ痛いほどに抱きしめられる。こんな事していていいのだろうか。小さくため息を吐く。
「ねえ、フランクは私のどこがそんなに好きなの?だって私生存者だし固有パークも弱いし美人でもないし胸も大きくないし頭も悪いし、キングやジェイクからは女として見れないとか言われたし」
「そういう謙遜するとことか、ヤマトナデシコっていうの?時々うざいけど俺は可愛いと思う。それに女として見れないやつが最高にエロかったらやばくね?」
「いや知らん」
「あと、名前って優しいじゃん。まだ俺がこの世界に慣れてなくて悩んでた時期にさ、不安そうな顔して馬鹿みてえに俺に近付いてきたの覚えてる?」
「ああ…」
フランクがサバイバーに煽り倒されたあの儀式か。見ている事しか出来なかった私は、皆が脱出した後 肩を落とすフランクを見て「大丈夫?」とつい声をかけてしまった。当然フランクは私を殺そうとしたが、ごめんなさいと頭を下げて謝る私に「…お前は何もしてねえだろ」と頭を上げるように言われたんだ。「私、弱いからたくさんキラーに虐められてきたの。たくさん辛いことあるかもしれないけど頑張ってね。私も頑張るからさ」キラーに対して何をやってるんだとキャンプ場に戻り頭を抱えた。そうか、あの時か。
「名前なおかげで俺を煽ったやつらにはメメモリキャンセルしまくって煽ってやったし、最近は滅多に煽られる事も無くなったな」
「すごいじゃん。フランクが強くなったって証拠だよ」
「…もっと褒めろ」
「…フランクって恋人というより弟みたいだね」
「………」
「黙って怒るのやめてよ」
エンティティの不機嫌そうな囁きが聞こえたが、フランクはあまり気にしていないようだ。私の体を強く抱き締め、まるでここから逃がさないとでも言っているようで胸が苦しくなる。
フランクと私は殺人鬼と生存者だ。お互いを好きになってはいけない。こんなの、おかしいとわかっているのにこの腕から逃げたいと思えないのは何故なのだろう。
20190405