「疲れた?」
「大丈夫です」
私は大量の荷物を持ちながらこちらを見ている彼に微笑みかける。
デパートをまわっていることもあって実際は少しばかり疲れているが彼といて楽しいという感情が上回っているためかそれほど気になることではなかった。
「他にどこか寄りたい場所はない?」
そう言われて前々から欲しかった物を思い出す。
彼に相談しようと口を開いた時だった。突然大きな音が響き渡る。
『会場の皆様ー!!本日はご来店ありがとうございまーす!!!』
正装した男性が広場のステージに上がり何やら話しているせいか、ぞろぞろと人が集まってくる。
人が多くなってくると彼は私の手を握り、端の方へ引き寄せてくれる。
『本日のショーはー…』
しばらくするとその場はかなりの人で埋まってしまった。
どうやらなにか催しをやるようだった。
「どうする?見ていく?」
「いいえ、少し寄りたい場所があるんですけど…」
少し申し訳ない気持ちで彼を見るが彼は笑顔で承諾してくれた。
握られた手に幸せを感じながらその場を後にする。
様々な店の前を通りすぎるが広場に集まったせいもあってか人の姿は数える程度しかなかった。
そんな中、彼の手を握りながらわたしが向かった先は雑貨店だった。
「なにが欲しいの?」
「アロマです」
そう言って、彼の手を引いてアロマのコーナーへ向かう。
色とりどりのアロマを目の前に彼は興味深そうに商品を見ている。
「なにか気になる香りとかありますか…?」
「うーん…、あんまり詳しくないんだよね」
そう言いながらも商品を手に取って、香りを一つ一つ確認している。
興味津々な彼は普段よりも幼くみえ、その姿に可愛いなどと思ってしまう。
「ふふっ」
私が笑っていたためか、こちらに気づいた彼はわたしをみて苦笑した。
「君のオススメはなに?」
「そうですね…」
そう言って一つの商品を手にとる。
「このローズマリーは以前使ってたんです」
その言葉に彼は顎に手を置くと、何やら考え始めた。
不思議に思いながら彼を見つめていると私が手にしている商品と同じものを手にとった。
「これって僕と出会った時にも使ってた?」
「はい」
私の返事を聞くと彼は笑顔で頷いた。
そして彼は私の手にある商品を元の棚に置くと自らの手にある同様の商品をレジまで持って行く。
「あのっ…それでいいんですか?」
「うん、いいんだよ。君と会った時と同じもので」
彼の表情はとても嬉しそうで、その理由がわからないまま商品を購入すると店をあとにした。
「イッキさん、そういえばさっきはなんでローズマリーにしたんですか?」
帰り道で疑問に思っていたことを彼に聞く。
わたしの言葉に彼は嬉しそうに此方を見つめる。
「君と会ったことはね、僕にとって何よりも幸せなことなんだ。」
突然の言葉に頬が熱くなる。急に恥ずかしくなってきて俯こうとするが彼の瞳を見ると目がそらせない。
「だから、これは君と出会えた証」
優しく微笑みかけてくる彼は何にも変えられないくらいに綺麗で思わず見惚れてしまう。
我に返った時には彼の顔が近くまで接近していた。
「…あ…の……」
しどろもどろになりながら彼の胸を押すが全く動かず、そのまま手を彼の左手に掴まれてしまう。
「んっ?」
意地悪そうに微笑む彼は尚も顔を近付けてくる。
頭ではわかっているのに体が動かない。
「ここ……外……です」
小さく言えば彼は小さく笑いながら再び距離を詰めてきた。
心臓はうるさく動いていて、目も彼からそらせずどうにかなってしまいそうだった。
「ごめんね、我慢できないや」
そう言って、一瞬唇に重なる柔らかな感触。
本当に一瞬のことで幻想だったのかと思ってしまうがこちらを見て微笑んでいる彼をみることで現実なのだと認識できる。
「帰ろうか」
そのまま握り直した彼の手を少し握り返してみると驚きながらこちらをみつめていた。
そんな彼に今のわたしの気持ちを伝えるように彼に微笑む。
それに答えたのは強く握り返してくれた彼の手だった。
夕焼けに染まる背景と彼の朱くなった耳を目に入れることで表れる幸せと言う名の感覚。
end