「祐一先輩…?」
緋色の光が窓から差し込む静かな図書室。
特等席とでもいえる場所に彼の姿はなかった。
不思議に思いながらも彼が座っている場所に腰掛ける。
「どうしたんだろ…」
ふと
呟きをもらすと廊下からざわついた声が聞こえてきた。
声は全て女の子の高い声ばかりだった。
すこし気になり扉へ近づき、耳を近づける。
『祐一先輩どこにいったんだろう!』
『確かここのあたりで姿を消したような気がしたんだけど!』
そう言いながら女の子たちはその場を去っていった。
何故か胸がどくどくしている。なにをそんなにざわついているのかわからないまま扉から離れると不意に視線を感じる。
「……祐一先輩…なにしてるんですか…」
その一言で彼はその姿を現した。どうやらいま入ってきたばかりのようで扉の前に立っている彼はこちらに近づいてきた。
「なんだ、気付いたか」
「気付きますよ。というかそんなことに使っていいんですか」
ジトっとした目で彼を見上げればふと微笑んで、頭の上に手を置かれる。
「お前に早く会いたかった。仕方がない」
そんな風に不敵に笑う彼は卑怯だ。
そんなことを言われたらなにもいえなくなってしまうに決まっている。
高鳴る胸と相反するようにざわつく胸の違和感。
その原因がわからないまま私は特等席へと向かう彼の背中を追った。
「そういえば、女の子たちが祐一先輩を探していたみたいですけどなにかあったんですか?」
「あぁ、一緒に帰ろうと誘われたが断ったら追いかけてきた」
「…………………」
またざわつく胸の鼓動。
ざわついていたのが痛みへと変わる。
ぎゅっと誰かに掴まれているかのように痛い。
「珠紀…?」
こちらをまっすぐに見つめ、名前を呼んでくれる彼にいつもなら温かくなる胸も今は痛みしか感じない。
《嫌だ》
嫌だ?
無意識に嫌だと思ったのはなににたいしてなのだろうか。
わからない。
「どうした…珠紀」
こちらに近づいてくる彼に勝手に動く体。
何故か勝手に彼から離れようと距離を置く自分。
わからない
なんでこんな感情になっているのか
悲しめたいわけじゃ
心配させたいわけじゃないのに
「珠紀」
ふと、私を捕まえようとする彼の手を振り切って逃げる私はとにかく頭が真っ白だった。
何故か
顔を見られたくない
感情を知られたくない
いまの私に触れてほしくない
扉に手をかけようとした瞬間
背中に伝わる温かな感覚。
そして心地よい心臓の音。
「待て」
体全てを後ろから抱きしめられた私はもがくことも暴れることもせずさっきのことが嘘のように体は制止している。
「なにがあった」
心配そうに口を開く彼の吐息が耳元にかかると涙が出そうになった。
彼をそばで感じていたい。
「ごめんなさい…」
俯きながら最初に言ったのは謝罪の言葉。
気づいてしまった自分の黒い感情に悲しみがこみ上げてくる。
この黒い感情を彼に向けてはいけない。
「もう大丈夫ですから…」
離れようとするが彼の腕はかたい。
気のせいか先程よりも強く抱きしめられている気がする。
「祐一先輩…?」
「心配するな」
えっ?と疑問を投げかける前に口は塞がれた。
優しいがすこし強引な口付けにわたしの黒い感情が溶けてなくなるような気がした。
普段は鈍そうな彼は変なところで鋭い。
わたしの心は彼によって見透かされているのではないかと少しばかり恐怖を感じている反面、嬉しさを感じている自分もいる。
愛故とはなんといい表現だろう。
end