「おい」
「………」
聞き慣れた声。
けれど、普段よりも低い声。
いまは返事を返す気にはなれなかった。
それもなにもかも彼のせいだ。
「おいっ」
「…………………」
けれど全く彼はわかっていない。
そのことにどんどん心に余裕がなくなっていく。
いつ自分はこんなに性格が悪くなってしまったんだろう。
「はぁ…、なんなんだよ…」
「…………っ」
そんな反応はあんまりだ。
だめだ、感情が押さえきれない。
一度歯止めがきかなくなってしまうとどうにもならない。
「もういいです」
「…っ!おいっ!!」
頬を伝う涙を拭いきれず、彼を見つめると彼は目を見開き、こちらに手を伸ばしてくるがそれを私は弾くように手を振り払った。
こんなことしたい訳じゃない。
目の前の彼を傷つけたいわけじゃない。
けれど今は素直に謝れる気がしなかった。
そのままその場を去ろうとするが急に腕を強く掴まれる。
「はなっ………して…」
「……」
なんとか言葉を紡ぎ出すが全く離してくれず、逆に掴む力は強くなる。
痛いと口に出す前に引き寄せられると唇になにか触れた。
目の前には彼の顔。
至近距離でみつめてくる彼の瞳は強い色をしていた。
ハッと我にかえり、離れようともがくが頭を押さえ込まれているためか全く現状は変わらない。
こんなにも力が強いんだと今更ながら気づく。
「俺が男だってわかってるか、お前…」
強い瞳に吸い込まれそうになる。
気が付けば私の抵抗は弱いものになっていく。
再度重ねられた唇は熱く、溶けてしまいそうだった。
彼を好きになってしまった私はこんなにも離れられなくなっていたのだと嫌でも理解させられてしまう。
「悪かった」
唇が離れ、彼が最初に出た言葉はその一言。
驚きながらも彼の表情を伺うと頬は僅かに朱く染まっている。
そんな彼をみて
謝罪の言葉とともに
彼の頬にキスをするのは
それからすぐ後のこと。
end