――わたしの誕生日は、もっとも気を遣われる日。
両親、兄、シバさん、お手伝いさん、組のみんなから、おめでとうを沢山言われて、みんなプレゼントをくれる。返し切れてないほど、沢山だ。

「……ケーキだけでいい、って言ったらわがまま?」

通学の途中、送ってくれる運転手のシバさんに聞く。助手席から伺うシバさんは頬を緩めて、首を振ってくれた。

「みんな千百合嬢の生まれた日を祝いたいだけなのですよ。組としても、可愛いお嬢さんに何をあげようか、強面たちが悩むさまは毎年恒例になっています」
「そんなことで悩まないで……本当におめでとうの言葉だけでも、うれしいの」
「誕生日の日くらいワガママに欲張ってもいいのですよ」
「そういわれても……」

お兄ちゃんやお父さんやお母さんには、誕生日の日にお返しできる。
でも、組の人から沢山プレゼントをもらっても、お返しをあげることができないのが悔しい。わたしは料理が作れないし、何かあげようとしても「お嬢さんが健康でいてくれたらそれでいいですよ」と中学生のころに言われてしまった。

「みんなお嬢さんが、プレゼントをもらって嬉しそうにするのが楽しみなんですよ」
「……そう。帰ったらちゃんとお礼を言います」
「それはみんな喜びますよ」

こくり、と頷いた。そこで、ちょうど三桜学園につく。

「お帰りは?」
「電話でいいかしら……シバさんの都合がつかなったらタクシーで帰るわ」
「今日は一日お家にいますから大丈夫ですよ。いってらっしゃいませ」
「ありがとう。いってきます」

鞄を受け取って、学園の門をくぐる。
――ここからは、誕生日も関係の無い日になる、と思ってた。
わたしは友達が少ないから「おめでとう」も親友のりりくらいしか言わないだろう、と思っていた。

「千百合、誕生日おめでとさんっ! 大好きやで〜!!」
「ありがとう、りり。これからも友達でいて」

りりは、可愛いオレンジ色のシュシュとピンをくれた。オレンジ色って持ってなかったから、似合うか心配だけど、明るい色はりりの色。とてもうれしかった。ピンも、学校につけてくる分にはさしつかえないデザインで、毎日つけようと思った。
……問題はそのあとだった。まどちゃんが二時間目の移動教室のときに、クラスに来て「ちゆさま、誕生日おめでとうございます!」って言ってくれてから。

「あ、ありがとう……しってたの?」
「もちろんですわ。ささやかですが、誕生日プレゼントはお家に送らせていただきましたの」
「そんな……おめでとうの言葉と気持ちで十分よ」
「いいですの。友達でしょう?」
「……うん」

にこにこと笑って「友達」と言ってくれたまどちゃん。うれしくてなきそうになった。
そして、三時間目の十分休憩の時、スズちゃんが二組に飛び込んできた。

「ちょっと、高坂ちゃん今日誕生日なのぉ!? 僕聞いてないよ!」
「えっと、うん、誕生日」
「おめでとう! 明日、僕とデートしよぉ! 美味しいパンケーキのお店あるから!」
「成原、ウチも行きたい!」
「いいよぉ! それじゃあねぇ! 明日っ! 都合悪かったらメール頂戴! あとこれ、お昼に食べようと思ってたマフィン!あげる!」

そう言って台風のように去って行った。口を挟むひまもなかったわ。
そのあとも……。

「こーさか、誕生日! ケーキ食べるんだろ! 楽しみだよな〜おめでとうー! あとこれポテチ!」
「高坂が誕生日? ハッピーバースディの歌でも歌うか? おめでとうの気持ちを込めて! あ、ガムならあるぜ! 新品ボトルだから安心してくれ!」
「やめなさいよ、不良男子ども! 迷惑よ! でも高坂さん、おめー! これ、チョコレート」
「なにもないけど、うんまい棒、いる? おめでとう」

……まさか、廊下で会うたび八組の人に「おめでとう」と言われると思わなかった。

「なんや今年は賑やかやなあ」

りりが楽しげに言う。わたしの机の上には、みんながくれたお菓子が広がっている。とても、太りそう……でもうれしい。不良の子で面白半分に「タイヤ味のグミ」をくれた子がいた。それが少し気になる。

「で、彼氏くんは何もナシかい」
「朝、メールをくれたわ。それで十分」
「十分って……」
「日付が変わると同時にくれたの。一番に言いたかったんですって。かっこいい……」
「千百合には悪いけど、きしょい……さすが脳内お花畑やな」
「む」
「悪いけど、って断ったやん。それなら電話しーや」
「わたし、十時半には寝るもの」
「なるほどな……でも学校一緒やろ。なんで言いにこーへんねん」
「それもそう、だけど……忙しいんじゃないかしら」
「昼飯もパスってどうしたんや」

そういわれると、不安になる。でも、「一番」におめでとう、とメールで言ってくれた。それだけで、舞い上がる。……朝から組の人に沢山プレゼントをもらって、どうしようかそれどころではなかったけど。

「ま、えーわ。カップルに首を突っ込んでも、ろくなことにならん。じゃあ、部活やさかい」
「え? もう放課後?」
「……ちい、そのボケ笑えへん」
「あら、まあ」

いつの間にか放課後だった。昼休みかと思っていたのに。通りで、周りの生徒がいないわけだわ?

「天然やなー……明日は、成原と三人でパンケーキ食べに行くの忘れへんでな?」
「わかったわ。部活、頑張ってね」

小さく手を振って、りりと別れた。……少しいうと、山月くんから直接何もないのは、悲しい。
欲張らないの、と自分を叱咤する。山月くんのおかげで八組のみんなと接点を持てたし、お菓子もお祝いの言葉もたくさん言ってもらった。それでいいじゃない、と自分を納得させる。
――少し期待して、シバさんに迎えの時間を言わなかったけど、いつもの六時間上がりの時間を言っておけば良かった。
携帯を取り出し、シバさんを呼ぼうと思ったとき、携帯が震えた。

『高坂?』
「山月くん?」
『まだ帰ってないか? 二組いる?』
「いるわ。どうしたの?」
『いや、あのさ……今日、高坂誕生日だろ。俺、ずっと高坂のプレゼント考えてたんたんだけどさ……何も、思いつかなくて……メール送ったけど、合わす顔無くて』
「そうだったの。山月くんの気持ちだけで十分だったのに」
『……それじゃあ俺の気がすまねえ』

ふふふ、と思わず口先で笑う。表情は変わらないけどおかしかった。目に浮かぶのは、罰が悪く髪をいじる彼の姿。笑うなよ、といじけた彼の声が聞こえて、可愛いと、きっと私に表情があったら頬を緩めている。同時に電話口からは、部活動の活発な声とカツカツ、という廊下を歩く音が聞こえる。

「今、どこにいるの?」
『「二組の前」』

電話と彼の肉声が重なる。えっ、と振り向くと山月くんが立っていた。プレゼントを用意出来なかったと言っていたせいか、どこか気まずそうに後ろ髪を触っている。

「まあ、山月くん、テレポートでもつかえたの?」
「いや、普通に考えて八組から歩いてきたに決まってるだろ」
「そう。びっくりなんてしてないわ」
「びっくりしたんだな」
「私の表情は動いてないもの」
「眉毛上がってたぞ」
「え? うそ?」

それこそびっくりした。私の顔が仕事したの?

「びっくりしてるな」

山月くんが、眉尻を下げて笑う。私はその表情が大好き。でも同時に胸が高鳴ってドキドキするから、心臓に悪いから、やめてほしい。

「えっと、一緒に、かえりますか……?」
「今、照れる要素あったか?」
「どうして山月くんはわたしが照れてるってわかるの……エスパー?」
「超能力にでもハマってるのか? 高坂は割と分かりやすいんだよ。それで、な……欲しいものあったら教えてくれ。今日、一緒に買いに行こう」

だめかな、とわたしをうかがう彼に「No」と言えるだろうか。だめじゃない、とすぐ首を振って勢い良く頷いた。

「いく」
「そっか。何が欲しい? あんまり高いものは買えないけど……」
「欲しいもの……」

そう言われると、困る。山月くんからなら、なんでも嬉しい。でもプレゼントを頼まれるとき、なんでもいい、が一番困るから、なにかないかと考えるけど……。
そう思ったとき朝、シバさんに『誕生日くらいワガママに欲張ってもいいのですよ』と言われたことを思い出す。ワガママに欲張ってもいい……の?

「高坂、欲しいものが無ければ……」
「ううん、お願いがあるの」
「お願い?」
「山月くんの家で、ごはんを食べて、ケーキを食べて、日付が変わるまで、一緒に過ごしたいの」
「えっ? それっていつもしてることだろ? さすがに高坂が日付変わるまでいねーけど……」
「良いの。……今年は、明日になる前まで山月くんと誕生日を過ごすの」

山月くんの言うことは本当だ。私たちはいつも山月くんの家でデートする。たまに外で遊んだりするけど、基本お家デート、です。健全なお付き合いをしてます。自分が言ったことなのに、だんだん恥ずかしくなってきた。日付が変わるまで、なんてはしたないことを言ってしまった。な、なにもない、と思う、けど。頬が熱い。

「それじゃー、高坂の好きなもの作らないとな! あとケーキだ!」
「そう、ですね。わ、わたし、シバさんに電話かけてくる……!」

何も思っていないような彼に、自分の想像が恥ずかしい。はしたない。やだやだ!
慌ててシバさんに電話をかけようとしたらお兄ちゃんに繋がって『千百合、日付変わるまで? ダメだよ。男の家に行く意味分かってるの?』と言われてしまって追い打ちのように、さらに恥ずかしくなってしまった。

「あ、あ、ち、ちがう……の! わ、わたし……」

慌てて否定しようとしたけど舌が回らない。そしたら、電話口からシバさんの声が聞こえた。

『若貸しなさい。何をおっしゃってるんですか……。千百合嬢、好きになさい。誕生日の日を好いた方と一緒に居たいだけでしょう?』
「うん……それだけなの」
『私は分かってますよ。いっそ着替えを届けるので、泊まったら…「シバ、そんなの許さねーぞ!?」「私は若がヤンチャしてるのも散々遊んだのも止めなかったでしょう。一か月泊めていただいたときに何も無かったんですから、大丈夫ですよ。大事な人ほど、男は手は出せないでしょう?」「千百合にはまだ早っ」……千百合嬢、今日くらい好きに過ごしてくださいね。それでは、電話があればお迎えにあがります』

プツ、と切れた通話にぷるぷる震える。
恥ずかしい……何が、とは言わないけどとにかく羞恥を晒された気分でいっぱい。

「高坂、電話終わったか? 何か言われたか?」
「……特には」
「本当か? シバさんじゃなくて万里さんに間違えてかけて、反対されなかったか?」
「なんでわかるの! もう! 帰ったらお兄ちゃんなぐる」
「お、おう……? 手加減しろよ……?」

ぽこぽこと怒って歯がゆい思いをする。メールで一方的に連絡して、心配させてやれば良かった、とすら思う。

「ま、帰ろう。何作るかなー」

自然と山月くんはわたしと手をつなぐ。こういうのも、まだ慣れなくて、慣れてる彼を恨めしく思う。歩調まで合わせてくれる彼のエスコートぶりに、過去の「女」を見てしまって嫉妬心がわく。醜い、と毎回思う。そこで、隣にいる彼が私をみる。

「あ、そうだ高坂」
「なに?」
「誕生日おめでとう。そんで、俺と出会ってくれてありがとう。俺、高坂が好き、って毎日思う。……こんな俺と、付き合ってくれてありがとう」

最上の笑顔で、照れが混じった顔で、言われてもうどうしたらいいか分からなかった。さっきの醜い気持ちなんて吹っ飛んだ。もう、いっぱいいっぱいで、気づけば彼に抱きついていた。

「わたしも、山月くんが、すきです」

抱きついて赤い顔を隠して、か細い声で、そう言った。ーーそのあとは良く覚えてないけど(キスはしてないのは覚えてる)ふわふわと夢心地で過ごした。すごい山月くんといちゃついた……嘘です。ショウくんとスズくんが来襲して、山月くんのお父さんと合わせていっぱい「おめでとう」と祝って貰った。

その日、私にとって気を遣う誕生日が、「おめでとう」をたくさん言われて、嬉しく輝いた。












∴おめでとうの言葉を君へ



ちーちゃんの誕生日が盛大そう、と思った結果。
20170907 騎亜羅
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