――彼の人は手に届かない距離に居た。
自分とは程遠い世界で、生きている。
その人柄故に人に恵まれ、囲まれ、愛されている。
しょうがねぇなぁ、と嫌そうな顔をしても……実は頬が緩んでいるのを知っている。
何年もずっと、見てきたから。
頼られるのはうれしいだろう、彼の人は頼るのもうまかった。
ああ、自分も彼の人に頼り頼られたい、いいえ、そんな関係は嫌。
好きだと、ただ一人だと認めて欲しい。
そんなことを懸想しては打ち消す日々。

たった一人の親友しか持たないわたしと。
たくさんの人に囲まれ愛される彼の人と。

近づいても、その他大勢とみなされる。

どうしたら彼の人と接点を持てるか、今日もそのことばかりを考える。
学年は同じでもクラスは違う。体育でも一緒になれなかった。
ああ、このまま彼の人を眺めているのだろうか。
最初のうちはそれでも、良いと思った。
彼の人を見ているだけで、幸せで、心があったくなる。

でも、欲は膨れて、彼の人と喋りたい、触れたい、好きだと伝えたいと、今にも爆発しそうでどうにかなってしまいそうだった。
だって、彼の人の周りにはたくさんの人が居て、好意をたくさん受けていて、認識されないわたしの想いは、これっぽっちも届かない。
そのうち、激情が胸を占める。
ドロドロとしたものが這い上がって激情に油を注いで燃え上がらせる。
うらやましい。うらめしい。
羨望と嫉妬に心が焼かれる。
ああ、この想いは決して「純情」と言い切れるものではない。
燃え上がり、黒い物が注がれ、純度を無くしていく。
それでいい。
そうでなければ。
恋は、桃色なんて甘ったるい色じゃない。











――燃えるような「緋」の色。















「千百合、いつもの桜色のリボンじゃじゃないんだ?」
「……ええ、今日はこれにするの」

今日も、きゅっと高い位置で髪をリボンで結んだ。お兄ちゃんが目ざとく、違う色のリボンだと気づき「その色も似合うよ」と言ってくれた。

「でも、折角始業式なんだし、桜に合わせていつもの色にしたら?」
「今日はこれでないとだめなの」

さりげなく「始業式にはキツい色」と言われるけど、譲れない。
この燃えるような緋色のリボンで無くてはだめ。

「そっか……何かあるの?」
「うん。気合いをいれたの」
「千百合なら春休みの試験、大丈夫だと思うよ」

お兄ちゃんは課題で四苦八苦していたのを見られていたのか、都合良く勘違いしてくれた。
頑張ってくるわ、といつものぴくりともしない表情で言い、早い時間に家を出る。
――さあ、いざ戦場へ。























カバンに忍ばせた手紙を取り出し、彼の人の下足箱に入れた。
何度も何度も下足箱の名前を確認して、ちゃんと入れることが出来た。
朝からそわそわ、落ち着かない。
大丈夫、とトイレにいくたび鏡を見て自分を落ち着かせた。
放課後の鐘が鳴る。
――時間よりも随分前にその場所に来ていた。
ああ、ああ……今にも心臓は爆発しそうで、手はじっとりと汗をかく。

「……高坂、だよな?」

ざり、と音がして彼の人がそこに立っていた。
ドクッと心臓が脈打つ。
ああ、名前を呼ばれた。
それだけで、こんなにうれしい。
ひと呼吸おいて、返事する。

「――ええ、そうよ」

俯いていた顔を上げ……桜の花びらと共に、緋色のリボンが揺れる。
真っ直ぐに困ったような顔をする彼の人を見上げ、真っ赤に燃え上がった想いを、告げる。


「山月小虎くん、付き合ってください」


∴緋恋
(あなたがすきです)
 
 
 
 




side*1の千百合の心境。深くは書きませんでしたが、激情が書きたくて書きました。
20140427 騎亜羅
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