――ひっそり埃が積もった資料室には、引きこもりの生徒会長が居るという噂だ。
噂、ではなく本当なのだが。
その生徒会長は眉間にシワを寄せて、手を腹に置き今にも泣きそうな声を出す。
「……いだい……」




新見新は、資料室で女性特有の生理現象に怨嗟を吐く。腹は痛いし、血はドバドバ出るし、頭はフラフラするし、情緒がいつもよりずっと不安定で安定しない。不安定な情緒はじわりじわりと新見の心を巣食う。


さみしい。
かなしい。
くるしい。
つらい。

負の感情が波のように小さな身体と心を苦しめる。
目の前で片付けようとした生徒会の案件にまったく手が付けられない。
手は腹に添えられたまま、ズキズキと痛む子宮を心ばかり慰める。どうにかしなければ、と思う。だが、いつものように薬を飲んでも痛みが一行に休まらない。
そのうち痛みで冷や汗が出てきた。

あ、やばい。これは本当にやばい。

フラフラと立ち上がり、私物で持ち込んだソファに倒れこむ。ソファには校章入りの茶皮のスクールバッグが置いてあった。あまり使わない携帯をバッグから手繰り寄せ、唯一の友人の電話にかけようとした。

「く、ざ…き……久崎……でて…く….…いっ!いたいいたい!!!いぎゃあああ!!!」

電話帳から久崎の名前を見つけるも、突然ズンッと重い痛みが走り、携帯を落としてしまう。

「あ……ぁ…もうやだぁ……」



グズグズと泣き出した新見は痛みでそのまま意識を手放した。












青年が、頬に伝った涙の跡を親指でなぞる。
ちっぽけなプライドを投げ出して、来てみればこれだ。部屋の主は泣き疲れてソファに寝ていた。土産として持ってきた高級菓子店のチョコをソファ向かいの机に置き、ソファに座る。

「ぅ…い…」
「……」

何か具合が悪いらしく寝ながらも呻き声を上がる。彼にはまったく分からないが、腹を押さえて居るので腹がいたいのだろうと検討がついた。
 ソファに寝ている主は苦しそうに息を吐き、また呻く。愛らしいと愛でられる顔にはいつもより深くシワが刻まれて居る。
 彼は無骨な手でそっと……壊れものを触れるように主の腹を撫でた。自分が触れてはいけないように思っているような恐る恐る、触れるようだった。
そうして撫でると少しだけ眉間のシワが緩んだ。ホッ、と無意識に安堵の息をつきハッと眉間にシワを寄せる。
今日は、柄に似合わないことばかりする。


「……バァカ」


 彼はそう呟いて、スヤスヤと穏やかな寝息を立て始めた主を嬉しそうに見た。











優しく撫でられて、ささくれた意識が和らいでいく。
眠りが辛いものから心地よい微睡に変わった。









「……ん、あ?」

新見はスゥっと浮上する意識に従って起きた。時計を見ると三時間は眠っていた。身体を起こして異変に気づく。ぶっ倒れてソファに寝ていたのに、資料室に置いてある毛布がかけられていた。不思議とあれほど痛かった腹の痛みも引いていた。どうやらちゃんと薬が効いたらしい。

「久崎か……?」

でも、久崎が授業を抜け出して会いに来るわけがない。

狐に包まれた感覚になりながら、それでも腹を優しく撫でられたような気がする。
下手くそな不器用な触れ方で、でもあったかくて。
荒れる心が凪いだ。

「……誰だが知らんが不法侵入とわいせつ罪で訴えるぞ……」

彼女はそう悪態をつくも、そこまで悪い気分では無かった。
スッキリとした顔で、白紙の書類を持って机に向かった。


∴触れる人知れず
(……その温かさを知っている気がした)
 
 
 
 




side*5で出会う前。side*4の市来が「あげるゥ」と言って八組において行ったチョコは……言わなくても分かりますね(笑)
2014/3/18 騎亜羅
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