それは放課後のこと。


千百合はHRが終わるといつものように手早く帰り支度を済ませ、教室を出た。授業から解放された生徒たちの声は騒がしい。迎えの車はもう来ている。早く行って家に帰ろう、と彼女は騒がしい廊下を抜けた。


廊下を抜けて階段を最後まで降りたとき、彼女はぱっと振り返った。


「お前ら遊んでないで……早く掃除しろ」


呆れまじりの誰かを急かす声――山月くんだ、と彼女は目を輝かせた――むろん、表情は変わらないが。彼と彼女の距離は階段上と階段下ぐらい離れている。…好きな人の声は大勢のなかでも自然と聞き分けられるというのは、嘘ではない。


帰り際彼に会えただけでスキップでもしそうなほど嬉しかった彼女は、しばらくそこを動けなかった。…嬉しさを噛み締めつつ、脳内トリップしかけていた。


――ここ、掃除場所なんだ……そっか。進級したものね。8組は2週に1度掃除場所が交代するのかしら、それとも1週に1度? どっちでも良いけれど、今年も8組の掃除場所を把握して回り順を覚えれば……山月くんを遠目で見れる……っ!


……片想い期間が長すぎた彼女は彼を見るだけで幸福感を得ていた。友達まで接近して、お昼まで一緒に食べるようになったのに……そういう思考に至るのは、悲しいことである。


彼女はふっと自分の上にかげりが出来て、疑問に思い上を向く。


「よう、高坂」
「……っ」


ひゃあっ!? と彼女は悲鳴をあげそうになったのを抑え、肩をびくりっと震わせた。



一段上の階段に彼がいた。



「あ、ごめん。驚かせた?」


こくんこくんこくん、と急に現れた彼に驚き彼女は言葉が紡げず、高速で首を上下させる。その様子に彼は柔和に笑う。彼女の心拍数も上がる。


「ははは、ごめん。もう帰んの?」
「……うん」
「気をつけて帰れ……って車か。じゃあな。また明日」
「……ばいばい」


二人は手を振り合って、彼女は昇降口の方へ、彼は階段を昇って掃除に戻る。


彼女のなかでは彼の言葉がエコーのように響いていた――じゃあな、じゃあな、って……また明日って……っ!! でもどうしてわたしは、素っ気なく「ばいばい」しか言えなかったの……でもまだ明日……ふふふ……また会える。幸せ……。


このあと……好きな人に話しかけられて浮き足立った彼女は、数分後盛大に転ぶことになる。



∴半径100mアンテナ
(――彼、限定です)
 
 
 
 




※接近したばかりの千百合ちゃん。
盲目的に恋しちゃってる千百合ちゃん。
たらし小虎とぴゅあぴゅあ風に!

20120816
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