Aphorism Paranoia
06


「じゃーなー一流ー!」
「おぅ、じゃなー」
元気に手を振る鴻季に俺も手を振り返して、俺は歩き出した。
何だかやけにすっきりした気分だ。久しぶりに喧嘩をしたからか?確かにストレス解消には丁度よかったが、たぶんそれは少し違う。きっと、あるべきものが俺の中に戻ったからだろう。
鴻季という大切な一人の友人が。

坂城に釘を刺された7時までにはまだ時間がある。赤く腫れた手の甲を冷やしながら歩いていると、俺の足は自然とある場所に向いていた。
林に囲まれた長い石段、真っ赤な大きい鳥居、やはり変わらずにそこにあった、朱雀神社である。
久しぶりに長い石段を登りきって一息つく。運動不足の体は悲鳴をあげていた。
だがそれ以上に俺の中に溢れるのは彼女…槻川藍との思い出だ。
ここから一望できる鳩羽の街並みを2人で見た。なんだかんだいざこざあったがその日名前を知り合って、鴻季の退院祝いの品を2人で選んで、ここに来た。それから、忘れたくも忘れられない嫌な思い出。ストーカーから追いつめられた藍が逃げこんだのがここ朱雀神社で、藍を助けに来た筈なのに俺がストーカー野郎に斬られて挙げ句藍に守られた。情けない話である。
背後から吹き抜ける一陣の風。一瞬それが夕陽を照り返す銀色に見えて目を細める。

「あら、珍しいわね。お客さん?」

そしてその人も、神社同様変わらずにそこにいてくれた。
「…こんにちは」
「えぇ、こんにちは…いえ、もうこんばんはかしらね」
ふふふ。
と、長い黒髪に巫女装束姿の女性、加賀彩貴さんは妖艶に微笑んだ。
「どうしたの?こんな時間にご用?」
「いえ…何となく、参拝に」
「そう、あなたみたいな若い子が来ると朱雀様も喜ぶわ。ゆっくりして行って」
「いやゆっくりって…」
参拝でどうゆっくりしていけと?
疑問を浮かべても、彩貴さんは彼女の言う朱雀様よりも嬉しそうに笑っていた。やっぱり不思議な人だ。

形式がどんなのか俺は知らないが、あの吊るされた鈴をガラガラ鳴らし手を合わせて拝んだ。そのためにこの朱雀神社に来た。これは俗に言う、願掛け。神様にお願いするために。俺が陥っている今の状況は俺にはどうしようもできないから、願うのだ。

もとの世界に戻れますように。
こっちの世界の藍も幸せになれますように。
坂城がちょっとうっとおしいんでもう少しなんとかなりますように。
フロウドは少しでもいいからこっちのフロウドを見習ってくれますように。
それから…

欲張りなほどお願いをして、俺はもう一回手を合わせて顔を上げたときには空はもう青紫で、そろそろ帰んないとやべぇなと思い踵を返した。
気がつけば境内と下まで続く石段がほの明るい火の灯った提灯に照らされている。石段の両脇に一定の距離で遠くまで吊るされているそれはとても圧巻だった。…来たとき提灯なんてあったっけ?まぁいいか。
その際に彩貴さんに挨拶をして石段を降りる。ざわざわと暗い林が音を発てていた。

家につく頃にはすでに真っ暗で、急いで帰ったのだが結局7時までには間に合わず、ついでに(明らかに人を殴ったと思われる拳の)怪我がばれ母さんと夕飯食いに来ていた坂城に説教の2.1chステレオサラウンド。お情けで夕飯は食わせて貰えたのはせめてもの救いである。
そんな感じで、何かと散々な形でその日を終えた。

2日目が静かに過ぎた。

次の日、土曜日だった。
坂城と遊びに行くという名目で店の手伝いを免れた俺(ごめん母さん今は店の手伝いしてる場合じゃないんです)は早々に家を出た。勿論そんな名目は嘘で、俺は何かを求めているかのように鳩羽の街にくり出した。
所謂、思い出巡りである。
朱雀神社と同様、馴染みのある場所。雨の日、藍と出会った冷たい路地、行きつけのケーキ屋、世話になった総合病院、坂城と青春した(殴りあった)工場跡地、雪白ん家(家の側までは行く勇気がなかったので遠くからちょっと眺めただけ)、それから…
…キリがない。
こんな状況に身を置いているからか、蘇るのは懐かしい記憶ばかりだ。だがそれは俺の記憶だけで、この世界の誰の記憶にも残っていないというのは寂しいものだった。センチメンタルな気分にならざるをえない。泣くな俺、お前は我慢できる子だ。
思わず鼻の奥がツンとして鼻を啜った時、俺の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「や、やめてください!僕急いでるんです!」
「いいじゃんちょっとくらい」
「俺らと遊ぼーよ」

平野奏だ、この絡まれ方。声の方を見やると、やはりそこには私服姿の平野を囲む柄の悪い…というよりチャラそうな男子グループの姿があった。
やれやれ、相変わらず平野は同性にモテる奴だ。ちっとも嬉しくないだろうけど。
その様子をチラチラと気にしている人はいるものの、やはり集団で囲ってるせいか誰も近寄らない。平野は困った顔でチャラ男たちの隙間から助けを求めているが、その視線に気づく者はいなさそうだ。
「行こうよ、ほらっ」
「っ、痛!」
チャラ男が平野の腕を掴み、平野が悲鳴を上げる。ついに手出しやがった。
仕方ねぇ、俺が行くか。
と一歩踏み出したそ時だった。

「ソイツ嫌がってるだろ、離してやれよ」

見計らったようなタイミングで、名の通りまるで神がかった漫画のヒーローのようなタイミングで、神人鴻季は現れた。
俺は反射的に踏み出そうとした足をその場に縫い止め押しとどまる。
声をかけられたチャラ男たちが「あぁ?」といかにも怠慢そうに振り向く。そして、鴻季を見てその顔色を変える。平野も「あ…」と小さく声をあげた。

「聞こえなかったのかよ、ソイツ離してやれっての!!」

鴻季が語尾を荒げるとチャラ男の1人がビクリと戦いた。鴻季の顔は不良の世界ではとても有名だ。俺のように鳳有高校の入学初日で番長を倒して(しまって)裏番に上り詰め挙げ句草刈り(仮)なんて不名誉極まりない中2な通り名をつけられてはいないが、それでも女の格好をして不良共をばったばったと薙ぎ倒す姿は形容しがたい気迫迫るものがあった。初めて会った時女子の制服でスカートの下にジャージを着た男かと思ったくらいだ。打ち明けたら殴られた。
こちらの世界でも鴻季はその顔と名を轟かせているらしい。鴻季の顔はを見たチャラ男の一部は明らかに怯えていた。
「なんだテメェ」
「テメェにゃ用はねぇんだよ」
「とっとと失せろ」
鴻季を知らないチャラ男たちは口々に文句と罵倒を吐き捨てる。しかし鴻季は気にとめた様子もなく然り気無く平野とチャラ男の間に体を滑り込ませ、再びチャラ男たちをギロリと睨みつけた。
「さっきから見てたけどよぉ、ちょっとしつけぇんじゃねぇの?こいつ用があるっつってんじゃん」
「うっせぇな…いいからどけよ!」
「あーもーしつこいなぁ」
正直に言おう、やりとりがめんどくさい。前みたいに平野連れて逃避行でもなんでもしちまえばいいのに。あ、こっちの世界じゃそれは無茶か。俺は見てて煩わしくなってきてため息を吐いた時だった。
「…なんならさぁ、あたしがお兄さん方の相手しましょうかぁ?」
鴻季が獰猛に笑った。それみよがしにボキボキと指の関節をならして挑発する。
話し合いができないなら暴力で訴えるしかない。短絡的で単純な鴻季らしい簡潔な答えだ。
…一方の平野は、
平野は怯えていた。あの平野が?一見か弱そうな外見して意外とえげつない思考してて腹黒で実は度胸のあるあいつが?しかし一体何に?何に怯えている?目の前の一触即発のこの現状を前にしているにも関わらず別のことを思い出して恐怖しているような、そんな目をして。平野は元々大きい瞳をさらに大きく見開いて、口の中で何かを呟いて。
一瞬、思い出してくれたのかと錯覚してしまった。
鴻季のことを。
あれらの出来事を。

そんなことはありえない。俺の知ってる平野と、この世界の平野は違うのだから。
そんなのは俺がないとわかっていても望まずにはいられなかった幻想だ。

きっとこの瞬間に平野をよぎったのは、俺の預かり知らぬところの、俺が介入すべきところではないもっと深い奥底の何かだ。






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