唇に人差し指 | ナノ


  05



ドレスを着ていた少女は「槻川藍です」と名乗った。藍ちゃん、と呼ぶと「なんだかくすぐったいです、年上の人にちゃん付けで呼ばれると」とはにかむように笑った。



「リンさんはあやめのお客さんなんですか?」
「あやめさんに夫が結婚の挨拶をしたいと……」
「え!結婚!?おめでとうございます! もしかして……少しむっつりとした男の人ですか? 遠目だったけど廊下で見たんです。年上のちょっと怖そうな……」
「ちょっと怖そう……」


藍ちゃんの説明に苦笑してしまう。確かに、彼は少し目付きが鋭くて怖そうに見えてる。それで誤解されてしまうこともあるけれど。


「たぶん、そうです。顔は怖そうに見えてしまうけど、優しいんですよ。わたしをエスコートしてくれたり、出張のお土産にはわたしの好きなお菓子を買ってくれたり……犬ちゃんを飼うことを許してくれたんです」


彼のことを話し、頬が緩む。彼は優しい。少し強引なところもあるけれど、わたしが嫌だと思うことはしない。わたしはそんな彼の分かりづらい優しさが、ちょっと戸惑うこともあるけど……好きだったりする。


「旦那さんが大好きなんですね」
「だ、だいすき!?そ、そんなわけじゃ……!」


微笑ましそうに笑いながら指摘され、あわあわと慌てる。そんな……大好きなんて恥ずかしい……!


「結婚式はウェディングドレスを着たんですか?」
「彼が忙しくて結婚式は挙げてないんです……」


何度も言うようだけど、身内だけでちょっとした披露宴をしただけで、結婚式はまだ挙げていない。本当は、ウェディングドレスを着てみたかったけれど、彼の忙しさではこの先当分結婚式なんて無理だろう。


「そうだったんですね……でも結婚かあ……お嫁さんかあ……いいなあ」
「そんなに憧れる物じゃないですよ……彼は、わたしを好きか分かりませんし……」
「え?」


つい、ぽつり、と溢してしまった。


「結婚は結婚でも、政略結婚なんです。未だに、彼がわたしを選んだ理由が分からなくて……」
「そう、なんですか」


知り合ったばかりの人間にいきなりこんなことを打ち明けられても反応に困るのに、何を話しているのだろう? ごめんなさい、と謝ろうとしたとき「でも、」と藍ちゃんが言う。


「人は、嫌いな相手に優しく出来る、かな」
「え?」
「旦那さんはリンさんに優しいんですよね? わたしは二人のこと何も知らないけど、旦那さんがリンさんと結婚までしたいと思ったなら、好きが前提に無いと結婚なんて出来ないんじゃないかと思うんです……ええと、自分で言っててわけわかんないですけど!」
「大丈夫です……言いたいことは分かりますよ。好きじゃなかったら結婚までしない……」
「そうです。リンさんは何が不安なんですか……?」
「……わたしは、」


たぶん……彼と釣り合っているかが不安なんだ。政略結婚で、政略結婚という建前もほとんど意味が無くて、どうしてあんなにカッコいい彼が、こんな普通のわたしを選んだのか分からない。

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