挫折坂秋
2013/12/23 22:32
「坂城……こッンの……クソヤロー!!」
「は!?」
坂城くんの腰に突然襲った衝撃。それは見事にヒットする、一流くんの飛び蹴り。坂城くんは重力にしたがって前に吹っ飛び、床へ転がる。
その際眼鏡が――カンッ、カカカッ……と床をすべり――
「え……!?」
グシャ。
わたしが踏んでしまった。
※
「坂城くん本当にごめん!! 弁償するから!」
わたしは保健室に運ばれた坂城くんに平謝りする。――見るも無惨に潰された眼鏡はダストシュートへ。定位置に眼鏡を無くした坂城くんは眉間を揉みながら深くため息をつく。
「槻川、弁償は良い――99%悪いのは朝義だ」
「はあ!? あれを避けれねぇお前が――」
「一流くん!」
わたしは一流くんをキッと睨む。
「坂城くんに一方的に飛び蹴りをして、そんなこと言うなんておかしいよ! 謝るくらい出来ないの!?」
「……誰が謝るかよ」
「じゃあ、わたしと一緒に坂城くんの眼鏡弁償して!」
「ゼッテー嫌だ!!」
「なんで!?」
「……朝義、うるさい」
わたしと一流くんの子どもっぽい言い争いを止めたのは坂城くんだった。
「っんだと……!?」
「弁償は誰にも請求しない。槻川、さっきのは事故だ。気にするな」
「でも、」
「コンタクトがあるから日常生活に支障はない」
「一流くんに請求してもいいんだよ?」
「なっ、藍!」
さらりと代案を提案すると坂城くんは力無く首を振った。
「あとからブツブツ言われてもな……」
「あ゛!?」
「だってそうだろう。嫌味ったらしく「無理矢理弁償させられた」なんて言われたくない。それに眼鏡だって俺の好きなデザインや視力の合う物を買わなきゃいけないんだ。お前と買い物するくらいなら一人で買いに行く」
「そのながったらしい正論、喧嘩売ってんのか!?」
「お前は俺と二時間以上一緒に居たいのか?」
「んなわけねーだろ!」
「槻川、そういうことだ」
肩をすくめてわたしに言う。坂城くんの言い分は正論過ぎてつけ込む隙がない。でも、わたしは坂城くんの眼鏡を壊した申し訳なさでいっぱいだ。なんとか、弁償でもなんでもいい。折り合いをつけたい。
「あら、坂城くんその言い分は違うんじゃないの?」
「……雪白」
いつの間に保健室に入ってきたのだろう。私たちの後ろにあやめが居た。あやめは見透かしたような笑みを浮かべて坂城くんに爆弾を落とす。
「休日を潰すと、秋穂ちゃんに会えなくなるからって素直に言えば良いじゃない」
「…っお前には、関係ないだろう!! なんでしゃしゃり出てきて口を挟むんだ!」
坂城くんの明らかな動揺に目を見張る。あやめは満足そうな反応を得られて笑みを深くした。
「だって、坂城くんの言い訳ってまどろっこしいんだもの」
「うるさい。……それに、あれは本心だ」
「朝義と藍から弁償してもらえば、良いじゃない。変にわだかまり作るよりずっと良いわよ」
「……休日に出かけるなら拒否する」
「秋穂ちゃんも誘えば万事オッケーよ。因みに面白そうだから私も行くわ。日曜日、駅前に10時ね」
「おまっ、勝手に……」
あやめは一方的に約束を取り付けようとする。さすがにそれはないんじゃ……と口を挟もうとしたとき、一流くんが「俺は弁償なんてしねぇぞ」とまだ子どもっぽいことを言う。
「良いじゃない? この事知ったら琴子さんが代わりにアンタのバイト代から弁償すると思うし」
「……」
今度こそ一流くんは黙った。あやめの言うことは確かで、琴子さんなら謝りながら笑顔で払いそうだ。
「じゃ、そういうことでよろしくね。秋穂ちゃんにも言っておくから」
あやめはそう言って問題をすり替え颯爽と去っていった。
「アイツは火事場泥棒か……」
坂城くんがため息をついてそう呟き、わたしは「的を得ているな……」と申し訳なさを織り混ぜながら思った。
※
そして――日曜日。
「……坂城くん、秋穂ちゃんどうしたの……?」
「知らん」
駅前で待ち合わせたわたしは坂城くんの後ろから腰に抱きつく秋穂ちゃんを見てひきつった笑みを浮かべる。
「私が来たときにはもうこうだったわよ」
あやめがニヤニヤ笑いながら坂城くんと秋穂ちゃんを見る。坂城くんは眉間にシワを寄せながら「秋穂、もう離れろ」と冷たく言う。
「ううう――なんで眼鏡壊しちゃったんですか! 眼鏡がない坂城さんなんてただの坂城さんじゃないですか!!」
「眼鏡があってもなくても俺は俺なんだが!」
「眼鏡アリ気の坂城さんじゃないとヤーダー!」
「今日買いに行くんだろうが……」
呆れきった坂城くんは無理矢理秋穂ちゃんを自分から離す。表情は、わけがわからない、と言った風だ。秋穂ちゃんは不服そうに坂城くんを見ている。
「……秋穂ちゃんどうしたの?」
「さあ……秋穂ちゃんは今日も元気ねぇ」
こっそりあやめに聞くが、あやめはニヤニヤしながらそうとしか答えない。
「藍」
「あ、一流くん!」
私たちの前に一流くんが気だるそうに歩いてくる。不機嫌そうなのは、坂城くんが居るからだろう……あ、睨んで舌打ちした。
坂城くんは不快そうに眉を潜める。またこのパターン!? と肝を冷やすが、秋穂ちゃんの一言で場が一転する。
「坂城さん!坂城さん!」
「今度はなんだ……」
「一流さんがこわい!あの目付きヤクザ並みですよ!?」
「ってめ秋穂! お前は睨んでねーよ!」
「きゃーこわい!」
「きゃーってキャラかお前!?」
「きゃーひどい!」
「秋穂うぜえええ」
一流くんと坂城くんの冷戦勃発を空気が読めない発言で壊した。私が驚いてそれを見ているとあやめが「朝義って秋穂ちゃんと同レベルよねぇ」と言うから思わず笑ってしまう。
そしてその笑いを坂城くんが加速させる。
「雪白、槻川、朝義と秋穂置いて行くぞ」
「おいっ!」「坂城さんひどー!」
本当に二人を置いて行こうとするから、あやめと二人ぶはっと噴き出した。
※
西区の大手眼鏡チェーンに来た。眼鏡屋さんに来たことがない私や一流くんは興味津々でお店を見る。
「眼鏡いっぱいあるー!」
「秋穂、声の大きさ落とせ。眼鏡屋なんだから当たり前だろう」
それは秋穂ちゃんも一緒のようで、はしゃいで坂城くんにたしなめられていた。なんだかそれが微笑ましい。
「へぇ……色んなフレームがあるんだな、眼鏡って」
「野生児には眼鏡なんて一生縁がないでしょうね」
「うるせぇよ。両目ともに2.0の何がわりぃんだ」
「悪いなんて言ってないわよ。あっ! 朝義、この悪趣味の眼鏡かけなさいよ。にっ、似合うわよっ?」
「明らかに似合わなそうなやつをかけさせようとすんな!」
「そうよね。この眼鏡、アンタかけたら見た目だけでも頭良さそうに見えるわよ……ぶっ……」
「雪白うぜえええ!! お前なんてこのオバハンがかけるような眼鏡かけてれば良いんだよ!」
「誰がオバハンですって!」
ああ……あっちは微笑ましいのにこっちは衝突してる……というか、一流くんは人と仲良くするってことを知らないのかな……あやめが突っかかっていくから無理だろうけど。
私も、眼鏡屋さんなんて来ないから物珍しくて歩き回る。フレームのデザインがたくさんあって、値段も様々……い、一応万札持ってきたけど、坂城くんが選ぶものはあんまり高くないのが良いなあ……。
「頭良く見えるかなー」
なんて、鏡を見ながら眼鏡をかけて見たり。幼馴染みの潤が眼鏡をかけているけど、度が強すぎてかけられたものじゃない。一度かけたときぐわんぐわんしたのを覚えている。
「ふふふ、ドヤァ!」「バカ」
棚の隙間、斜め前から秋穂ちゃんと坂城の声が聞こえてきて、そっと窺う。……なんでって、なんとなく……二人と距離は近いが、あちらは私の存在に気付かない。
「朝義や槻川に弁償させるに、あまり高くてもな……」
「えぇ……壊したの、一流さんなのに……」
「朝義じゃない。事故で槻川が踏んだんだ。非はない」
うう……そう言われると良心が痛む……。
「怒らないんですか」
「怒って責めて? それで眼鏡が返ってくるのか?」
「返ってこないけど……怒って良いと思う!の!」
「……なんでお前が怒ってるんだ?」
不思議そうな顔をする坂城くん。秋穂ちゃんはもどかしそうに目をさ迷わせ、眼鏡が並ぶ棚に体を向けて心中を吐露した。
「す、すきなひとが……ないがしろにされてたら嫌じゃないですか!」
わたしはその一言にハッとしたが、坂城くんは豆鉄砲を食らった顔をしていた。
「い、一流さんの前じゃ怖いから……なにも言えないけど……」
ちきんでごめんなさい、と坂城くんに謝る秋穂ちゃん。彼女が――謝ることじゃない。謝るべきは、坂城くんへの一流くんの態度を良しとしているわたし達や張本人の一流くんだ。
「――どれが良いと思う?」
「え、えっと……これ」
「じゃあこれにしよう。早く帰るぞ」
「えっ? なんで?」
きょとん、とする秋穂ちゃんに坂城くんが何か囁いた。すると……ボンッと傍目から見ても真っ赤に茹で上がった秋穂ちゃん。その反応に満足するように口元を緩める坂城くん。
な、なに……言ったの坂城くん……?
「ドスケベねぇ、坂城くん」
「あっ、あやめ!?」
「なに言ったか知らないけど、秋穂ちゃんのあの反応だとキスしたいとか言ったんじゃない?」
にょきっと突然現れたあやめは、知ったような口振り。それと余計なことを言う。
「誰かさんと違ってちゃっかり手を出してるみたいだし?」
「……一流くんと坂城くんを比べないでよ……あとで戦争が起きるんだから」
大体、一流くんは恋愛なんてしてこなかったわけだし(坂城くんの恋愛遍歴は不明だけど)わたしもそれどころじゃない毎日を過ごしてきたわけで、お互い恋愛慣れしてない。亀のようなじれったいスピードでお付き合いすることの、何が悪いの!
……悪くないのは分かってるけど、見せつけられると気にしてしまうのはしょうがないよね……。
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