俺の目を覚ましたのは雷の音だった。 「(そういえば、此処に来て初めて雨降ったかも…)」 窓ガラスには強く雨が叩きつけられていて、屋敷を囲む森の木々が見えなくなる程だ。 美羽音ちゃんは雷とか平気なのかな、と思ったら、早く顔が見たくなって。 俺は彼女のいる部屋に足を運んだ。 歩きながら、たくさんの表情を見せてくれるようになった美羽音ちゃんが、今日はどんな風に待っているのだろうか、と考えながら。 「美羽音ちゃん、おはよ……」 ドアを開けてみれば、美羽音ちゃんが今日は居ない。 周りを見渡せば部屋の隅にブランケットにくるまって小さくなっている彼女を見つけた。 やっぱり雷が怖いのだろうか? 一歩一歩距離を縮めて話しかけてみる。 「美羽音、ちゃん…」 「来ないで!」 「!」 すると、突然立ち上がって此方を振り返る美羽音ちゃん。 頭から被っていたブランケットがひらりと落ちて、表情が明らかになる。 その丸い瞳には、涙が。 「ど、どうしたの、美羽音ちゃん!何で泣いてるの?」 「何にもない!」 涙の理由を問おうとしても、頑なにそれを拒む彼女。 その姿はいつかの彼女を思い起こさせる。 「俺、何かした?」 「…そうよ、明仁の、せい…!そのぬくもりがっ、優しさがっ、あたしをまた、弱く、するっ…!!」 「もう、これ以上近づかないでって言ったじゃない!夢を見させないでって、言ったじゃない!!」 「偽りの関係なら!契約されただけの優しさなら!もう、いらないっ…!!」 ああ、そうだ。あの日。 城ヶ崎さん達がお屋敷を空ける、前の日。 『お金が欲しいから?物珍しさから?無表情な私が面白いから?それとも、端なる偽善者ごっこ?』 あの日も彼女はこんな風だった。 あれは、懸命に哀しみを隠した表情だったんだ……。 だけどもう、彼女には抑えきれなくて、溢れ出してしまったのだろう。 その痛々しい姿を見たら、俺はいてもだっても居られなくて。 その小さな体を腕の中に閉じ込めていた。 「最初は確かに、依頼されて此処に来たよ…。けど、今は美羽音ちゃんをひとりの女の子として知りたいんだ…!」 一緒にいて分かった事。 本が本当に好きな事。 料理が意外と上手な事。 俺の作ったフレンチトーストを気に入って、美味しそうに食べてくれる事。 機嫌が良いと自然と歌を唄っている事。 怒るとほっぺたが膨らむ事。 華咲くような、可愛い笑顔で笑う事。 色んな君を知って、それで、もっと知りたいって思った。 それは何でも屋としてではなくて、一人の男として思った事だった。 「お願い、信じて……」 ギュッと腕に力を込める。 しばらくは、雨の降る音だけが周りを支配していた。 「……明仁、くるしい」 「えっ!あ、あぁ、ごめん…」 やがて彼女の訴えに、慌てて腕を離せば、ちょっと呆れたような、そして気まずそうな顔をしていて。 「……ほんとに、信じて、いいの?」 不安に呟いた彼女に俺は大きく頷いた。 それは、一人の男としての心で。 「うん……教えてくれる?美羽音ちゃんの、その、哀しみを」 彼女は小さく、小さく、言葉を紡ぎ始めた。 【それは、それは、今日と同じ嵐の日の出来事でした】 雨は降り続いているのに、その声はやけに遠くに聞こえた。 ∴2012/08/30 |