彼女の微かな、それでも確かな声に俺の体に衝撃がはしった。

「……美羽音、ちゃん?」

僅かな間の後に、こくり、と頷く彼女。

「俺の事、わかる?俺は…」
「……明仁」
「あれ。名前、何で……」
「…じいやが、呼んでたから」

じいや……城ヶ崎さんの事かな?
考えていたら彼女はかけてあげた俺のパーカーを丁寧に畳んでくれていた。

「……これ、」
「あ、あぁ。美羽音ちゃんその格好で寒くないの?」
「…平気。だから、気にしないで」

そう言うと、眠る前に読んでいたのであろう本を開いて読み始める彼女。
部屋には何時もの静寂が訪れた。
でも、今日はいつもとは違う気がして、彼女に話しかけてみる。

「今日はいい天気だよ。朝日がきれいだった」
「………そう」

………あれ、終わり?
でも、めげないって決めたんだ。

「こんな日にはさ、外に出掛けたく」
「ならない」
「だよねー…」

流石に質問がまずかったか…と考えてたら、美羽音ちゃんが本を閉じて、小さく溜め息をついた。

「……ねぇ」
「?何、美羽音ちゃん」
「どうして、私に話しかけるの?」
「え…。それ、は……」

質問をされて、思わず俯いた。
だって、何て言えばいい?
依頼だから?君と会話してみたいから?笑顔にしてあげたいから?
考えている間に美羽音ちゃんが言葉を続ける。

「お金が欲しいから?物珍しさから?無表情な私が面白いから?それとも、端なる偽善者ごっこ?」
「!!そんなんじゃ…」

流石に最後の言葉にはカチンときて、否定しようと顔を上げたら、
そこには何時もの無表情の彼女はいなかった。

「どうせ、いなくなるんだったら…これ以上近付かないで」
「………美羽音、ちゃん」
「私に、夢を、見させないでよ……」

拒絶の言葉を述べた彼女だったが、本心では、ない、と思った。
唇を噛み締めて、その小さな肩を震わせていたから。
その姿に護ってあげたい、って気持ちが溢れてきて、強く握り締められた手に触れようとした、その時だった。

「触らないで!」

パチンと音がして振り払われた右手。
少ししてからジワジワと痛みだす。

「出てってっ……ここから、出てってよ!!」

声を荒げる美羽音ちゃんに、これ以上の刺激は良くないと思って、俺はそっと立ち上がった。
ドアから出る前にもう一度彼女を見てみたが、俯いていて表情は良く見えなかった。



【周りを包む、冷たく堅い殻】



パタリと扉が閉まる音がして、おれは引き手のドアに寄りかかった。
今の俺達の関係はまだ、この部屋で分けられてるみたいだな、と思いながら。



∴2012/08/28

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