07 不機嫌の理由
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「おいで」


ゆかはしばらく前からよく悪夢をみるようになった。それは毎日のときもあるし、何日かおきに見るときもある。ゆかが悪夢を見ると必ずと言っていいほど翼はそれに気づく。そしてゆかを起こして、ぎゅっと抱きしめるのだ。こうするとゆかは落ちつき、またすやすやと寝息を立て始める。その後は翼のベッドで並んで寝るのだ。というのもゆかは眠るときに翼の服を握ったまま寝てしまい翼がベッドに戻ることが出来ないためゆかを連れて行くためである。それは毎回のことではないのだが翼は必ずゆかを自分のベッドに連れて行くのだ。


「…」


ベッドにゆかと並んで入って、顔にかかった髪を避けてやる。するとゆかは目元に涙を浮かべていて、それもゆっくり拭ってやった。


今日、翼の機嫌が悪かったのはゆかが原因だった。ゆかがなにかしたわけではないのだが。部活が始まる少し前、柾輝と部室に向かおうとしているときにゆかのクラスメイトのバスケ部の男子達の会話を聞いてしまった。


『椎名さんてさ、可哀相だよな』
『…あー、まあな』
『双子でしかも男の方が可愛いなんて普通は耐えられねんじゃねえ?それなのに椎名は椎名さんにべったりだし』
『でも俺は椎名より椎名ちゃんのほうが可愛いと思うけど』
『は?』
『だって椎名あの顔の癖に性格アレだぜ?それだったら椎名ちゃん優しいしあっちの方がいい』
『でも男のが可愛いんだぜ?』
『女は顔が全てじゃないっしょ。実際おれらも人のことどーこー言える顔してねえじゃん』
『ぷっ。言えてる』
『おれ今度、椎名ちゃんに告ってみよっかなー』
『おっ。マジ?』
『おれ結構あーいうタイプ好きだし。おれが居場所になってやるよーなんてな』
『くっせーお前!』
『笑うなっつーの!』


笑ってたけど、1人はあながち冗談じゃ無さそうな感じだった。表面だけはなく、ちゃんとゆかの中身のいいところを見てる。最初の会話の時点で出て行きそうだった翼は柾輝が止めなければこの後半の会話を聞くことは出来なかった。アイツがゆかに対して好印象を持っていると言うことを聞いて自分が少しだけショックを受けていたことにも驚いた。



「……ゆかは、僕のことどう思ってる?」



寝ているゆかに話しかけても返事は返ってこない。
昔から、自分とゆかはいろいろと比べられていた。それはあのバスケ部の連中が言ってたように、ほとんどが容姿についてのことだった。小さな頃から親戚の人たちに自分の方が可愛いなどと言われ、そのことでゆかが傷ついていたことも分かっていた。だから自分はずっとゆかのことを気にかけていた。悲しいとかそういう感情を外に出さないゆかに自分が最初に気づいていつも傍にいることを心がけていたつもりだ。変な男が近寄らないように目を光らせていたし、例え変な男でなくてもそれは相手が柾輝でもゆかを渡したいとは思わない。しかし、決してこの感情は恋愛感情ではない。


いうならば、家族愛。

これが一番合っていると翼は思う。たとえ同級生の男子にベッタリだと言われようが自分には関係ない。ゆかに嫌だと言われれば止めるつもりではあるが。いままで言われていたことで自分はゆかに嫌われていてもおかしくはないと思っていた。親類にさえも散々比べられて、今度は学校でも比べられて。でもゆかは自分のことを嫌ってはいない。これは自惚れかも知れないけれど、ゆかに嫌われていないということに自信はある。さっきのように求められるのであれば自分はずっとゆかを守っていきたい。


「ん…」
「ゆか?」


小さく声を漏らしたゆかがまたすーすーと寝息を立て始める。顔の横に置かれた軽く握られた手に自分の手を重ねると同時にゆかの手に少し力が入って翼の手が握られた。愛おしむような目でゆかを見て翼も横になって眠りについた。




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