「いやしかし…寒いねぇ」
「ホントにな」
「私らいつまでここにいなきゃなんだろね」
「さぁな」
「…しかし寒い、ねぇ」
「…ホントにな」
私たちの呟きはベランダから空へと抜けた。
Rigel and Betelgeuse
私の学校はベランダがある。立ち入りは自由だから、休み時間なんかは結構人がいたりする。
でも今はもう放課後で、右を見ても左を見ても誰もいない。冬だから寒いし、風で涙出そう。そんな場所だけど4階だから夕焼けを見るには最高だと思う。まさに絶好のシチュエーション!私はこういう場所が好きなのだ。
ぼんやりと太陽が沈むのを見て、暗くなってもなんだか帰りたくなくて、そのままそこにいた。
しばらく空を見て星をみつけて。そして強風に吹かれて、さすがに耐えられなくなってきた。だって寒い!耳が痛い!
もう帰ろうとしてドアの方に足を向けると、ドアの前に黒い塊があった。よく分からなくてじっと見てみた。
「…あっ」
黒い塊の正体はクラスメイトだった。しかもあまり良い噂を聞かない人。
背が高くて、顔もそれなりにカッコいい(らしい)彼はモテるが、遊び人でもあって女の子をとっかえひっかえしてるとか。私は興味ない(だってタイプじゃない)からよくは知らないんだけど。
いつの間にかいた彼に驚いて凝視してしまった。けれど彼は暗くなった空を眺めるだけで、気付いてるハズなのに私は見えてないみたい。
できるなら関わりたくないけど、どいてもらわないと出れないし…仕方ないか。
「なに、してるの?」
普段、話さない相手に話しかけるのってちょっと勇気がいる。心なしか声が尻込みするのは知らない事にしよう。
ゆっくりとこっちを向いた彼は目線だけで教室を指した。何があるのかと思い、そのまま見れば教室の中には男女が2人。廊下にしか電気が点いてないから薄明るくて顔はおぼろげだけど、やっぱりクラスメイトだ。
「気付いたら始まってた」
何が?って聞こうとして、けれど私はそれを口にする事なく噤んだ。聞こえてきたからだ、中の2人の声が。
「………」
「出るに出れないだろ」
耳をすまさなくても聞こえるそれに私は音もなくしゃがんだ。目線の高さがほぼ同じになった彼に思わず愛想笑い。無表情が返ってきただけだったけれど。
私がぼんやりとしていたら、始まっていたらしい告白劇。
「いつから?」
「結構前から」
小さく問えば、小さく返ってきた。ため息を吐きたくなって、両膝を抱えて顔をうずめた。
そして冒頭のセリフに戻ったりする。
教室の2人はなぜだかもめてるみたいでまだ帰ってくれない。寒いから早くしてほしいな…。
寒さにぶるりと震えて、そういえばと思って横目で彼を見た。完全防備している私とは違い、彼はカッターシャツにブレザーと薄着だ。どう見ても寒そう、こんな着込んでる私だって寒いのに。
「あー…あの、」
「なに」
「マフラーどうぞ?」
「…」
迷いに迷って差し出したマフラーは生暖かい。持っている手がじんわりと暖まる気がした。彼はそれをチラリと見ただけで受け取ろうとしない。え、なんで?
「…」
「…」
嫌な沈黙が流れて気まずい。女物だからイヤなの?でも紺色だし…あ、使って直後だから?
悶々と考えて、でも手を戻せなくて、困る。ついでに差し出した腕がそろそろ辛い。
「あんた、寒いんだろ」
「え あ、うん」
「だったらあんたが付けてろ」
ぶっきらぼうにされた拒絶、だけど、きっと私のことを気にしてだと思う。言葉は冷たいけれど。
「寒いけど、あなたの方が寒そうだから」
「だから何?偽善?」
声のトーンをひとつ落として小馬鹿にした口調で私の言葉を遮った。あからさまに見下されてるし。親しくもない人に対してちょっと失礼なんじゃないかと、ムッとして反射的に口を開いていた。
「そんなんじゃないし。見てるとこっちが寒いの、視界に入れるなって言っても真横にいるんだから気になるの。勝手に勘違いして遮ってバカにするの止めてくれる!」
一気に言い切って、一歩近付き、有無を言わせず彼にマフラーを巻いた。勢い任せだから多少ぐちゃぐちゃではあるけれど、目的が果たせたからいいや。
風にさらされたマフラーに暖かさはなくなっていて、その冷たさのせいか、彼はビクリと震えた。けど、それもその内暖まるだろうからよしとしよう。
「…」
「…ふふっ」
マフラーでぐるぐる巻きにされて、呆けてる彼を見たら可笑しくなってきた。堪えきれない笑いがもれて、彼は不機嫌そうに見返してきた。無言のままマフラーを解いていって、やっぱり返されちゃうかなと思っていると彼が話し出した。
「あんた、イメージと違うな」
「へ?なんと?」
「もっと地味なヤツかと思ってた」
…これは、怒った方がいいのかな?
意味を汲みきれなくて反応が鈍る私を残し、彼は続けた。
「案外ヘンなんだ」
あ、これは反論しよう。そう思って口を開いて、閉じた。だって解かれたマフラーが、キチンと彼の首に巻かれていたから。
「やっぱ寒いから借りとく」
「…なんか釈然としない」
私の思い通りにマフラーは彼に巻かれているけれど、なんだろう、なんかスッキリしない。むしろ、もやもや?むかむかするんだけど。
「不服そうな顔」
「ヘンって言われて嬉しいと思う?」
「嬉しいヤツもいるんじゃない?」
「それこそ、ヘンだよ」
彼が言う、不服そうな顔のまま答えれば、声もなく笑われた。暗くて分かりづらいけど、彼は確かに笑っていた。
なんか意外…笑わない人かとばっかり、イヤでもそんな人いないか。
一人で勝手に納得して、そういえばどうしてこんな寒いベランダに来たのかと疑問が浮かんで聞いてみた。「どうしてここに来たの?」と。すると彼から表情が消えてしまった。霧が晴れてしまうように。
「…」
「…?」
え、なんでここでまた黙るの?地雷だったの?
「…そっちこそ」
「えっ?」
「なんでいんの?」
「あー、うん、夕焼け見てた」
「こんな寒いのにわざわざ外で?」
「外で見るからいいんだよ」
「物好き」
どこか見下されている感じが含まれているのだけど、言い返せなくて言葉に詰まる。呆れたような、それでも冷たくはない目。さっきの目とは全然違った。
人のこと言えないよねって思ったけど、またあの沈黙が走ったらいやだから何も言わなかった。なんとなく聞かれたくないみたいだし、そこまで知りたいんじゃないしね。
「…終わったみたいだ」
立ち上がって彼は扉を開けた。そこには先ほどまでいた2人はいない。やっと帰れると思うとほっとする。
教室は暖房がかかってはいないけど外に比べたら断然暖かかった。あぁあったかーい。
「幸せそうな顔」
暖かさを噛みしめていたら、突然、後ろから首に圧力がかかった。と言っても、とても弱い力だけれど。
「コレは返す」
振り返ってみればコートを来た彼がいた。さっきよりは暖かそうだけど、もっと防寒しても良さそうなものだ。
そう思いつつ、首にかけられたマフラーを巻きなおした。それにしても、
「ちょっと!苦しかったんだけど」
「俺のが苦しかったから」
「なにが?」
「…さっきのぐるぐる巻き」
軽く睨んでくる彼にあまり恐さは感じなくて、まばたきを返した。
さっきって?…あぁ、マフラーぐるぐる巻きの時か。もしかしたら彼が肩を揺らしたのは冷たさじゃなくて、苦しかったからなのかも。それとも両方かな。
くすくすと笑い出した私に、彼はますます鋭い目線をくれた。その目は笑ってないで謝れと語っている。
「早く受け取らないのが悪いんだよ」
「は。こっちは数秒息止まったんだぞ」
「数秒なら問題ないって」
手を振って言うと、ため息が聞こえてきた。呆れ顔で歩き始めた彼に自然とついて行って、そのまま口論は続いた。
「だいたい渡すにしろ何にしろ、もっと方法があるだろ」
「え?マフラーって巻く以外どうするの?」
「…まず加減ってものを知れ」
「あれが精一杯だよ」
「力一杯の間違いだろ」
くだらないのに、何故か楽しくておかしい。今まで話してなかったのが嘘みたいにすらすらと言葉は繋がった。
「あ、ねぇ見て見て」
「なに」
「星がいっぱい出てきてるよ!あの辺とか星座になってそう!」
「なってそうって分かんないのかよ」
相手もそう思っていたらいいなと思いながら彼の腕を引っ張り、星を指差した。
「アレってオイオン座?」
「…オリオン座な。んでもってアレはカシオペア」
20101211
20110221 加筆修正
高校生な2人の出会いです。…でも、やっぱり出会いなんて言えるほどのロマンの欠片もないんで、話すようになったキッカケって言った方が正しいかも…
彼がベランダにいた理由
1夕焼け見にきた 2タバコ吸ってた 3まさかの星鑑賞 さぁどれだ!笑