「ねぇ…寒いよ、中に入ろうよ」
「……」
「ねぇってば」
「…」



rainy rainy



真冬の雨。ざあざあ降りではなくて、ぱらぱらとちょっとだけ降っている。多分、こういうのを霧雨って言うんだろう。傘をさすか迷う。ささなくても平気なくらい弱い雨だけど、長時間だと案外濡れそうな中途半端な雨。しかも寒い。どちらかというと問題はそこだ。今は冬でただ立ってるだけでも寒いのに、雨に濡れたら余計に寒くなりそう。

だから私はお気に入りの傘をさしていた。手袋とマフラーも巻いてる。ただ、手袋をしてると傘を持つのが滑るから大変で。肩に掛けて歩く。くるくる回したらアイツに怒られるんだろうなー。って、なんで奴を思い出してるんだ、私は。そういえば、最近会ってないっけ。まぁ私が気にしなくても元気にしてるだろうけど。

そんな風に思っていたのが予兆だとか予感だとかなんて、私は思いたくない。けど、ウチのマンションの前で佇む彼を見つけてしまって、そういうのも有るのかと…否、無い。無い無い。ただの偶然だし。そう言い聞かせて彼に近付いた。

マンションの裏口だから人通りは少ないけど、雨に濡れて佇む男とか怖いよね。むしろ人通りが少ないからこそ怖い。怪しい。普通なら近付きたくないけど、彼だと気付いちゃったんだから仕方ない。

あと数メートル行けば雨を凌げる屋根があるのに、彼はわざわざ雨に濡れる場所にいる。弱い雨なのに彼の髪も肩もしっとりと濡れていて、短くない時間をそうしていたのだろうと思わせた。本当、何してるんだか。

彼の隣りまで行って、見上げた。こっちに気付いてるだろうに丸無視だ。マンションまで来たって事は私に用事があるからじゃないの? あ、お父さんにとか? でもこの時間じゃまだ帰って来ないし。そもそも裏口にいたら会える確率は低くなる。今日はたまたま裏口の方が近かっただけで、私もお父さんも普段は表口を使うから。

腕を上げて、彼も傘に入れてあげた。相合い傘になっちゃうのが不服だけど傘1本しか持ってないから仕方ない。


「あんたに会うの久しぶりだね」
「……」
「無視かい」
「……」
「まぁいいけど。ね、傘持ってよ」
「…、何で俺が」
「あんたのが背高いでしょ。腕、痛いんだけど」
「ワガママ」


ぐいぐい押し付ければ、悪態を吐きながらも傘を持った。それでもやっぱりいつもの勢いは無い。顔が暗い。何かがあったのは明白で。多分きっと、確実に彼のお父さんが関係してるんだろう。聞いたところで答えてなんてくれないのは分かってるけど。


「ね、寒くないの?」
「……」
「風邪引くよ」
「……」


また無視だし。まぁ構わないんだけど。でもどうしようかな。寒いから家の中に入りたい。例によって例の如く、彼はマフラーも手袋もしていない。モッズコートを着てるだけ。せっかくフード付いてるんだから被ったらいいのに。確か去年一緒に買いに行ったものだ。彼にしては珍しい赤みかかった色。黒や紺ばかりを選ぶから、私がごり押ししたコートだ。ファーがふわっふわっで気持ち良くて、生地自体も肌触りが良くて。何より深い赤、臙脂色が彼に似合っていたから。

今は雨に濡れて、もっと濃い色になってしまっているけれど。


「……」
「……」


黙りを決め込む彼を見る。しっとりと濡れた髪の毛、情けない表情、定まらない視線、まるで泣いてるみたい。普段ならからかってやるところだけど、どうしてかそんな気分にはなれなかった。

私が何か言う事はなく、彼も何か言う事はなく。弱い弱い雨が降り続ける中で佇むだけ。ぼんやりと彼越しの雨を眺めていた。どれだけそうしていたのかは分からないけど、短い時間ではないのは確かだ。


「…、あんな奴、きらいだ」


凍えきった彼の声がした。震えているのは寒さからかな。


「だいっきらいだ」


小さな子どもみたいに吐き捨てた。誰の事かなんて聞かなくても分かる。彼をドン底まで突き落とせるのは、おそらく彼のお父さんくらいだから。あぁ、でもいつもなら嫌悪感が一番に出てくるのに、今日はなんだかひどく哀しそうだ。何があったのか気にならないと言ったら嘘になるけど、今は。


「いいんじゃない? 別に」


今は、彼の頭を撫でてやる。慰めるつもりはないけど、感情を吐露できるのはいい事だと思うから。よくできましたって事で。つま先立ちになって撫でる。なでなで。すぐに振り払われたけど。


「私はお父さん、大好きだけどねー」
「ファザコン」
「お母さんも好きだよ?」
「…お前って変だよな」
「しみじみと何?」
「否…、はぁ」


ため息を吐かれて、目線が絡む。


どうしてお前なんだろうな
「え? 何、よく聞こえなかった」
「…別に、なんでもない」
「そう?」


すぐに逸らされたけど、彼の目はもう不安定などではなくて。すっかり乾いていた。


「ねぇ…寒いよ、中に入ろうよ」
「……」
「ねぇってば」
「…」


はっきり言って限界だ、私が。寒い、寒すぎる。もう耐えられない。彼だって寒いはずだ。なのにまだ動こうとしない。何を意固地になっているんだか。仕方ないなぁ。


「ほら、家に帰るよ」


傘を持った彼の手を引いて歩く。向かうのはもちろんマンションの入口。彼は抵抗する事なく付いてくる。少しだけ晴れやかな顔で。それを見て、もう大丈夫だと確信した。

傘のすき間から見えた空は明るくなっていて、きっと雨はもうすぐ上がる。


(誰にも会いたくないはずだったのに会いに来てしまったのは、なぜ)


20130128


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