学校を出る時、雨降りそうだなーとは思った。でも家に帰るくらいまでならもつかなって、思ったんだけど。やっぱり、ダメだった。



Split Splat Splatter




電車を降りて空を見上げると、どう見ても本降りの雨。例えば走って帰ったとしても、すぐにずぶ濡れになるくらい。そんな気力ないけど。

選択肢は3つ。すぐそこのコンビニでビニール傘を買うか(でも行く間に少なからず濡れそう)、タクシーに乗って帰るか(でも懐に大打撃!)、諦めて濡れてゆっくり歩いて行くか(家に着いたらすぐお風呂入れば風邪ひかないだろうし、冷たい雨でもないし)。

駅の出入り口で佇んで悩む事、1分ちょっと。他の学生やサラリーマンが自分の傘をさして帰宅する後ろ姿を見送って、決断した。

よし、歩いて帰ろう。

ビニール傘をこれ以上増やす訳にはいかないし、学生の身分でタクシーはちょっと手が出ない。4個目の選択にバスってのも本当はあるけど、田舎のバスはいつ来るか分かんないし、全然家の近くに停まってくれないから結局濡れそうだ。

だったら歩いた方がいいよね、っていう結論に達した。バッグが濡れるのが唯一嫌だけど、抱えて行けばなんとかなる、って思う事にした。

そうと決まればさっさと帰ろう。出入り口から動き出して、雨を凌いでいた屋根が無くなるところを通ろうとした時。見覚えのある傘が私の前に現れた。


「ほら」


そして差し出されたのは正真正銘、私の傘だった。薄いオレンジ色の生地に、外側には大きな星が散っていて内側には小さな星が夏の星座を描いているこの傘は、私のお気に入りのだ。その傘を持つのは、もの凄くしかめっ面の彼だった。


「え、なぜに? えっ?」
「いいから、ほら」


強く出されて、戸惑いながらも傘を受け取る。どうして彼がいるんだろう。まるで迎えに来たみたい、な? え、まさか、と思って彼を見るとひどく面倒くさそうに口を開いた。


「おばさんから電話あったんだよ」
「お母さんから? 何て?」
「雨降りそうなのに、傘持って行かなかったからって」
「…で、ご飯食べ来るついでに私の迎え行って来て、って?」


お母さんからってところでだいたいの予想がついて、その予想を言えば半ば呆れたように頷かれて、笑ってしまった。

深い藍色の傘をさした彼が背を向けて歩き始めたから急いで傘を開いた。オレンジの小さな空が広がる。


「つーかさ、勝手に番号教えんなよ」


隣りまで追い付いたところで彼に窘められた。一見すると怒ってるようにも見えるけど、多分怒ってはいない。ただ常識的に人の連絡先を誰かに教えるなら最初にその人に言いなさいって事だと思う。個人情報は大事だもんね、うんうん。でもさぁ。


「私教えてないよ」
「は、」
「お母さんのことだから私のケータイ勝手に見たんじゃない?」
「……」


呆れて物も言えない、まさにそんな顔。でも、まぁお母さんならやりそうだし。いつだか忘れたけど彼の番号を聞かれて、本人に確認取ってからって言ってうやむやになってたのを思い出した。

ちなみにお父さんは彼の番号もアドレスも知ってる。知らぬ間に交換してたらしい。あ、お父さんから聞いたって線も…、でも報告しないで教える訳ないからやっぱりどっちにしろお母さんが勝手に見たに100円。


「悪用はしないだろうから安心してよ」
「当たり前だ」


傘を少し傾けて彼を見上げる。そこにはいつもの仏頂面の彼がいて、怒ってる雰囲気はないから大丈夫、きっと。まぁ、じゃなきゃ私の迎えになんて来なかっただろうし。ていうか、さっきは本当にびっくりした。一瞬お父さんかと思ったけど(お父さんと彼の傘は似てるから)、声が違うからすぐに分かった。でも彼が現れるなんて思いもよらないから。それにあの渡し方。まるでアレみたいで可笑しくなる。

つい思い出し笑いをしていたら彼が不審そうにこちらを見た。


「何笑ってんだよ、キモチワルイ」
「ふはっ、だってさっきのあんた、カンタくんみたいだったから、笑えるっ」
「カンタって、…あぁ。なら、お前の傘ボロボロにしとけばよかったな」
「なんでそーなんのよ!」


イイコト思い付いたって顔するから何を言うかと思えば、本当ムカつく。傘を回してわざと滴を飛ばす。濡れてしまえ。


「おま、そういう事をするんじゃありません」
「意地悪言うのが悪い」
「迎え行ってやんなきゃずぶ濡れになってたのは誰だ?」
「…私」
「貸しだからな」


あぁ、もう本当にムカつく。私は頼んでないし、ご飯だって食べるくせに図々しい奴め。

けれど彼の言う事はまぁ、一理あるから私は渋々頷く。そして傘をもう一回し。

「だから止めなさいって」


文句を言ったり言われたりしながら、帰路に着く。少しだけ早足に。だって家で温かいご飯と暖かい笑顔が待ってるから。


20121006


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