バイト上がりの倦怠感と言ったらない。基本、立ち仕事だから足は棒みたいになる。まぁ慣れてはきたけれど

解放感もあるが、家に帰ったら帰ったでやる事は山程ある。洗濯に課題に、出来れば掃除もしたい。が、眠くてたまらないから今日は(日付はとうに変わっているけど)飯を食べて寝てしまおう

駐輪所にバイクを止めて、そう結論を出した。バイト先でもらった弁当の入ったビニール袋も持って、コンクリートの階段を昇って行く

自分の部屋がある階に着いて、狭く薄暗い通路を進む。そう言えば、部屋の前の蛍光灯が切れかかっていたっけ。点滅しては消えて、また灯って。消えるならさっさと消えてしまえばいいのに

進むにつれて暗くなるが何度も通った道だから支障はない。支障はないけれど、違和感


「……うわっ」


見えてきた黒い塊に思わず驚いてしまった。いや、でも、自分ん家のドアの前で蹲ってる塊があったら誰だって驚くと思う

バチッ、そんな効果音がなって灯りが点いて、瞬くと消えた。それでもその塊が何であるかを知るには十分だ


「何やってんの、お前は」


ため息と共に言ってやれば黒い塊がビクリと動いた。両膝に埋まっていた頭がゆっくりと上がる


「…あんた待ってたんだよ」


暗くて茶色い髪が黒に見えて不気味、しかも睨んでくるし


「待つって、こんな寒いのに?」
「ホント寒いよ、早く帰って来いよバカ」
「あ?」
「寒いんだよ、もー…」


言って、また俯いた。謂われのない暴言が小さく聞こえてきた。バカアホ綺麗好き背ぇ高のっぽエトセトラ。くぐもっていて聞き取りづらくはあるけれど確かに聞こえた、涙声が

「…いつから居んの?」
「夕ご飯、食べた後くらいから」
「お前さ、俺が帰って来なかったらどうすんの」
「ケータイに電話したけど出なかった、から、バイトだろうと思って」
「待ってたって?」


バカはどっちだよ

夕飯をいつ食べたかは知らないが、9時だとしても3時間以上もここにいるんだろう。真冬の寒空の下、風が吹き込む事は少なくても寒い事には変わりない。コートにマフラーをしてたって座り込んでいたら寒い。今、立ってるのだって寒いんだから


「立て、この大バカ野郎」


顔を覆う腕を取り引っ張り上げるが動こうとしない、いや、動けないのか。冷えすぎて足腰に力が入らないようだ


「早くしろ、寒いんだろ」

言えば、頭が小さく頷いた。もう片方の腕を伸ばして、こっちを向いた


「起こし、て」


バチッ、また灯りが点いて。顔を上げた奴の頬に光が一筋、反射した




炬燵の電気を入れて、電気ヒーターを点けて、ヤカンで湯を沸かして。後は部屋が暖まるのを待つだけ。明るい部屋の下、よく見なくったって青いと分かる顔色の奴は炬燵で丸まっている

浮かない顔つきは青白く、唇に至っては真っ青だ。待つにしてもどこか室内で待つとか、そういう考えは浮かばなかったのか。ほとほと呆れる


「で、何があった?」


向かいに座って炬燵に入った。冷えた体にはほどよく暖かい。テーブルの上に置いておいた弁当を引き寄せてビニールを剥ぎ、蓋を開ける。食べながらでも話は出来るだろう


「……、」
「おじさんとケンカでもしたのか?」


なかなか口を聞こうとしない相手に痺れを切らして言えば、ビクリと肩を震わせた

なんで分かるの、と言いたげな目で見られてため息。分からない方がおかしい。ここまで落ち込んでいる時はおじさん絡みで、あの人も絡んでる、多分だけど


「どうせお前が余計な事言ったんだろ」
「うるさい」
「悪いと思ってるなら謝れば?」
「それが出来たら、こんなとこいない、よ」


自分から来ておいて、こんなとことは随分な言い種だ。だったら違う場所に行けばいいのに

そう思わないでもないけれど、今更追い出すのは面倒くさい。堰を切ったように泣き出した相手を見て思った


「だっ、だっで、うぅぅ」


米を食べていた箸を止めて、ティッシュを数枚出して渡せば呻きながら受け取った。炬燵の掛け布団で拭われたら困る


「ぐすっ、お母さん、帰って来ないし、お父さん、庇ってばっか、だし」
「……」
「3週間も帰って、来ない、んだよ! うぅっ」
「…いつもの事だろ」
「そーだけど! でもぉ!」


流れるのは涙、鼻水、喚き声。さっきまで凍えて縮こまっていた奴には見えないくらい騒がしい。近所迷惑にならなけりゃいいけど

騒音の元の両親は少し変わっている。父親は本当にこれの親かと思うほど穏やかな人で、母親はどこか納得してしまうほど自由な人だ

一言で言うとそれだけ。もう少し詳しく言うなら。あいつの母親は放浪癖があり、1ヶ月に1回くらい行方を眩ますらしい。けれど必ず帰って来る、2日後か1週間後かそれ以上かは分からないけれど。そしてそれをあいつの父親は全て許している。つまり夫婦間の仲は良好なのだそうだ

あいつから聞いた話だからよくは分からない。理解も出来ない。けれど、あいつが父親も母親も両方を好いているのは分かる。だから母親が居なくなる度に落ち込んで、父親が許しているから諦めるしかなくて

だんだんと不満が溜まってこうやって爆発する。居なくなった母親に、或いは全てを肯定する父親に。言わなくてもいい事までも口走って後悔する

思うに冬になる事が多い気がする。どうしてか、なんてそんな事


「お父さんの、あんな顔、見たくない、のに」
「…」
「お母さんの事、信じてる、けどっ」
「…」
「でも、ぐすっ、」


またティッシュ数枚を出して渡す。ついでにごみ箱も渡してテーブルの上にある丸まったティッシュを片付けさせる。それもきっとすぐにいっぱいになるだろう

そのくらいの勢いで泣いている奴をしばらく見ていた。何かを言っていたが言葉になってなくて聞き取れなかった。そんな声をBGMに弁当をつつく。今日は和風ハンバーグ弁当だった、デミグラのが良かったな

そうして幾分か落ち着いて来た頃合いをみて、言う


「意地は張るだけ損なんじゃなかったのか?」


いつだかこいつに言われた台詞。言われた時は苛立ちしか感じなかったけれど、今はこいつに当てはまるから


「お前が謝れば、おじさんは許してくれるんだろ?」
「ずずっ…、多分…」
「悪いと思ってるんだろ?」
「…思って、る」
「だったらさっさと謝っとけ」


おじさんとは何度か会った事があるが、本当に穏やかな人だった。注意をする事はあれ、怒ったり怒鳴ったりなんてしそうにない。自分の否を認めた人間をいつまでも許さないような人じゃない。俺でさえ分かっているんだから


「お前だって分かってるだろ」


言ってやれば鼻水をすする音の後に、分かってるよと八つ当たりのように返された


「分かってる、分かってる、よ…。でも、たまに悲しくなる、んだよ」
「だったらそう言えば?」
「ぐすっ…、でも…」
「おじさんもおばさんも、そんくらい聞いてくれるだろ」
「……分かってる」


呟いて俯くと、涙がまた流れた。分かってると言いながら、泣く。言えないからでも言わないからでも、言ってもらえないからでもなくて。ただ寂しいから。寂しさを紛らわすために、泣くんだろう

また嗚咽が聞こえた。さっきとは違って堪えるようで。らしくないと思って、かすかに苛立つ


「はぁー、めんどくせー」
「うっうぅ、」
「おい」
「うぅっ」
「鬱陶しいんだよ」
「…うぇっ」
「飯が不味くなるって」
「ぐす」
「………」
「……うぅ」
「はぁ、もういいから。泣けばいいだろ、泣けば」
「ぐすっ」
「いつもみたいに好きなだけ泣けよ。…聞いてやるから」


我慢とか遠慮とか、似合わないんだよ

言ってしまえばすすり泣きしていた声が大きくなった。半分くらい何を言っているんだか分からなかったが、テキトーに相槌を打っておいた。つまり、聞くだけ。どん底まで落ち込んだ奴を浮上させるのは俺じゃ役不足で。真夜中に話を聞いてやるのが関の山。それだって睡眠時間を削ってやってんだから、十分だろう

冷たいハンバーグを飲み込みながら思った

早く泣き止んでしまえ、大バカ野郎


Stand at ease


20120331


midnightと、ある意味で対のような話。落ち込んだ時、励まされるでもなく慰められるでもなく、けれど独りでいるにはあまりにも淋しい時、会いたくなる人。そばにいても楽な人。


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