「あ、このバンドのCD、いつ買ったの? 聞いていい?」
「昨日。…いつも勝手に聞いてるだろ」
「それもそうか。ねぇ、  のは?」
「ない。欲しいなら自分で買え」




There's no accounting for taste.



彼の部屋でクーラーを付けて涼しみながら、夏休みの課題の追い込みをしていた。のだけれど、飽きてきた私はCDラックを漁る事にした。

生真面目にも机に向かい続けてる彼は手を休めない。って言っても、私が訳した英文を写してるだけ。
私たちが一緒に勉強する理由は決まってる。私も彼に教えてもらうし、ただ今は息抜きも必要かなって感じ。


ラックにあるのは大体が見覚えのあるもので、何枚かは新入りだった。彼は洋楽邦楽なんでも聞くタイプで、私は洋楽が好きだ。

几帳面に並んだCDを手に取った。許可なんていらないでしょう。どうせ見える範囲にいるんだから、ダメならすぐに言うハズだ。
それがないって事はいいって事、そういうことにしておく。

何枚か取り出して(後ろからの視線が鋭くなったのは気のせいにしよう)、新しいCDを見つけた。コンボを使っていいか聞くと案の定な答えだった。やっぱり勝手にでも良かったかな。

散らばったCDはそのままに、コンボの電源を入れてCDをセット、再生する。

アップテンポでノリの良い曲が流れてきた。


「ちゃんと片付けろよ」
「はいはーい」


勉強に戻る気になれなくて歌詞カードを眺めていたら、不機嫌に言われた。

彼は神経質でみみっちい男なので、整理整頓されてないと怒ったりする。部屋だっていつもキレイだ。私の部屋よりキレイかも……いや、うん、同じくらいかな。

そんな事を考えながらCDを戻していく。

洋楽邦楽ラップ洋楽洋楽ラップ洋楽邦楽

メジャーな物からマイナーな物までよりどりみどり。
ただ、フォーク系はない。さっきも聞いたけど、彼はそういうのはあまり好きではないらしい。私は好きだけど。

そう考えたところで、思い出した。


「前にさ、高校の時かな。すごい好きなアーティストがいたのね」

私は手を止めて話し出した。後ろから物を書く音は止まないから、彼はきっとそのまま聞いているんだろう。


「メジャーデビューはしてないけど、それなりに有名だったかな」
「…アレか、一時期ハマッてた」
「そうそう、アレ。で、なんでかは忘れたけど学校でそのアーティストの話題になったのね。私も好きーあの曲いいよねーみたいな」
「ふーん」
「わりと盛り上がってたんだけど、後ろの方にいた人が突然、「それ好きじゃない。むにゃむにゃ言っててなんて歌ってるか分かんないし売れる理由が分かんない」って言ったんだよ」


あの時の衝撃を、なんて言えばいいんだろう。

万人が同じものを好きになるとは初めから思ってない。千差万別、好き嫌いは人それぞれ、誰だって違うから。
でも、自分の好きなものを真っ向から否定されるのはあまり嬉しくない。


「反論とか何もしなかったけど、なんかすっきりしなかった。…悲しかった」
「……悲しい?」
「否定されたのが、悲しかった、と思う。無理に好きになってほしいんじゃないけど、なんて言うのかな…」
「…わざわざ言うなって?」
「そう、それ!」


なかなか出てこなかった言葉を言ってもらえて、私は勢いよく振り返った。

頬杖を付いた彼と目が合った。いつの間にか聞く姿勢になっている。


「他人の意見なんか気にしなきゃいいと思うけど。…で、何? それ言いたくてだらだら話してたワケ?」
「ちっがうよ、続きがあるの」


バカにしたように笑う彼を一睨みしたって効果はない。分かってたけど、なんとなく気持ちの問題だ。
昔を思い出して落ち込みそうになっていた気分が、それによって上向きに戻る気がした。


「あんたはそういうの言わないなぁって思ったんだよ」
「……」
「私とあんたの趣味って結構違うじゃん? でも私は自分の好きな事をお構い無しで話すけど、否定された事はないし。まぁ聞き流してるんだろうけどさ」


私があれ好きこれ好きと言っていたって彼は興味なさそうに、けれどちゃんと聞いていてくれる。

それって実はすごい事だと思う。だって興味ない話なんて聞いていれない。
例えば学校の先生の話なんか眠くなっちゃうし。例えば好きでもない話をされたら聞きたくないって言っちゃうかもしれない。

それが彼にはない。

話はちゃんと聞いてくれる。どんな下らない話でも。
まぁ、その分(むしろ以上)口が悪いけどね。私に対する暴言なんていつもだし。気にしてないけど。


「…お前の場合、止める間もなく話すだろ」
「それもある。でも聞きたくないって言わないじゃん。だからスゴイなぁって」
「……」
「見習わなくちゃって思った」


私はどうだったかなって考える。人の好きなものを否定してなかったかな。
自分の言ったことを全部覚えてるんじゃないから分からない。もしかしたら、否定したかもしれない。私も誰かにあんな思いをさせていたのかな。それは、それはやっぱり悲しい。

だから否定するのはやめようと思う。

心の中でどう思っていても、わざわざ口にする必要はないんだ。意見交換の場ならまだしも、人の好みにケチつけるなって事だよね。

自分の考えに1人納得し頷いていたら、彼が呆れたような感心したような小バカにしたような目をしてこっちを見ていた。


「なに?」
「いや…、(むしろ面と向かってそんな事言える方が……)」
「ごめん、なんだって?」
「…。話し出したと思ったら勝手に自己完結してるから、相変わらずだなと。しかも支離滅裂で話下手」
「なんでこの流れでそんな事言うかな! せっかく誉めたのに!」


責めるように言っても肩をすくめるだけ。誉めてほしいなんて言ってないって顔だ。

やっぱり暴言は減らない。でも私は知ってる。彼が本当の本当は嫌なヤツじゃないって事。
すっごく分かりづらいけど、彼は気にするなと言った。油断してると聞き逃すような言葉だけど、それは彼なりの慰めだと思う。

嫌なヤツは慰めたりなんてしない。

だから嫌なヤツではない。良い人でもないけどね。


「そろそろやれば? 今日中に終わらなくなるぞ」
「ハイハイ、分かってますよー。あ、ねぇ、問7はどういう意味?」
「ちょっと待て、俺のが終わってない」
「いいじゃん、後で。やれって言ったのあんただし、教えてよ」
「……ったく」


盛大なため息は無視して、プリントを机の真ん中に広げた。

軽快なポップスはまだ続いていた。



20110910


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