雪のうちに春はきにけり 鶯のほれる涙いまやとくらむ
古今集4番 藤原高子 


Warblers are chirping somewhere




春だ

冷たい風はどこかにいって、暖かい日差しと生ぬるい空気がこの街を満たしてる

春は嫌いだ。出会いと別れだとか花粉だとか新しい生活のスタートだとか新歓だとか、とにかく慌ただしくなるのが嫌いだ


「あ。…ね、聞こえた?」
「なにが」
「ウグイスの鳴き声。今鳴いてたよ」
「あぁ」


姿は見えないけれど、どこからかウグイスの鳴き声が聞こえた。この大学には裏山があるからそこに住んでるのかもしれない


「春だねぇ、お花見したい!」
「団子食べたいだけだろ」
「まあね。でも桜の下で食べるのが別格なんだって」
「興味ない」
「あはっ言うと思った!」


何が楽しいのか知らないが声をあげて笑って、空を見ていた。多分、ウグイスを探してるんだろう

教室から見える範囲は狭い。窓で区切られて、遠くまでは見えない


「ねぇ知ってる?ウグイスって鳴く練習するんだよ」
「は?」
「あ、信じてないね?ホントなんだから」


キョロキョロとさまよっていた目がこっちを向いた。それからどこか遠くを懐かしむように目を細めた


「ばーさまん家でね、聞いたの。ほーほけ、ほけっ、ほっけっきょっ…て、鳴いてたの。笑っちゃいけないんだろうけどおかしくって。…だって、まさかウグイスがあんな鳴き方するなんて思わなかったし」


手を口元に当てて小さく笑った。一応は悪いと思っているようだ


「ウグイスも練習するんだよね……鳥も、犬も猫も木も、人だって、初めから完璧にできるなんて事ないんだって。頑張って練習して挫けて励まされて、諦めないで前に進んで。そうやってみんな成長するんだってさ」


心底嬉しそうな、その言い方に違和感を感じた。コイツは思った事はすぐに口にするか、突然結論だけ言うようなヤツだ。これはまるで誰かに言われた事をそのまま言ってるみたいだ


「…受け売り?」
「そ。受け売りー。ばーさまが言ってたんだ。…みんな一緒、ただスピードが違うだけ、なんだって」
「……ばあちゃんっ子?」
「いいじゃん!私、ばーさま大好きだもん!」
「悪いとは言ってない」


ただ理解ができないだけだ。俺には祖父母の記憶が薄い。父方の祖父母は俺が幼い頃に亡くなったし、母方のはいるのかさえ知らない

だからきっと、コイツの気持ちなんて俺には到底分からないだろうけど

ほんの少しだけ羨ましい気がした、本当に僅かにだけれど


「ここで問題です!ウグイスの別名はなんでしょう?」
「………」


唐突に始めたくだらない問題を黙殺しようとすれは、すかさずそうはいかないと笑って付け足してきた


「あ、答えなかったら学食の特大パフェ(1680円)奢ってもらうからね」
「…勝手に決めんな」
「問答むよー。さっ別名は?」
「………春鳥、春告鳥、歌詠鳥、花見鳥、百千鳥、匂鳥」
「え、そんなにあんの?」
「知らないなら問題にするな」
「春告鳥は知ってたよ」


腰に両手を当てて得意げに言ってるが、つまりはソレしか知らないんだろが


「あーでも残念!パフェ食べ損ねたー」
「誰がお前に奢るか」


口を尖らせて悔しがっているから本気で奢らせるつもりだったみたいだ。危ない。こんなくだらないでコイツに奢りたくない


「なんか甘いもの食べたくなっちゃった。食堂行こうよ?」
「1人で行けよ」


立ち上がり、伸びをしていたヤツにそう言い放った。けれど向こうは全く怯んでない。むしろ楽しそうだ……嫌な予感がする


「知ってる?」
「………なにを」
「ご飯って1人で食べても美味しくないんだよ」


至極、当たり前のことのように言い切られて言葉に詰まってしまった。本当、厄介なヤツだ


「だからさっ、一緒に行こう!」
「……コーヒー奢れよ」


言いなりになるのは癪で、交換条件を出せばすぐに頷かれた


「商談せーりつ!」
「…なんかムカつく」
「Let's go to ショクドー!」
「………」


コレが、俺のためとかいう善意(俺にしたら偽善)だったら、それこそ問答無用で切り捨てるのに。コイツの場合、本当に自分本位だからそれもできない

俺以外の人間にはそんな扱いをしないようだが、俺には容赦ない。我が儘でもなんでも有り、但し、見返りも有る。メリットはないけどデメリットもない


「あ、また鳴いてるよ」
「そーだな」
「ウグイスにも早く春が来るといいな」
「…そーだな」


ただ、昔は大っ嫌いだった春が、今はそれほど嫌いではなくなったのは、多分コイツがいるからだ




20110326


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