昨夜のご飯はポテトチップのりしお味だった。秀人はそれが主食だと言った。
 コンビニに行ってもいいと言われたがアスカは行く気にならず、秀人とポテトチップを食べた。

 そうこうしている内にアスカは秀人の口車に乗せられ、一晩を秀人のマンションで過ごしてしまった。もちろん、過ちなどはない。ゲストルーム余っているから使ってと言われ、アスカは1人で眠りに就いた。
 逃げようと思えば逃げれたのだろう。

 でも、まだケータイを返してもらってないし

 アスカはそう心の中で言い訳をして、逃げなかった。


 朝ご飯もやはりポテトチップだった。アスカはコンソメ味を食べながら秀人に言った。

「お風呂に入りたいです」

 アスカは何故か置いてあったメイク落としを使い顔を洗ってはいたが、風呂には入っていなかった。

「お風呂くらい貸すよ?」
「着替えが有りません」
「あぁ、そっか。じゃあ買い物に行こうっ」

 空になった袋をゴミ箱に捨てて、秀人は笑った。どうやら今日の予定が決まってしまったようだ、とアスカは思った。



 駅近くのショッピングモール、マンションから徒歩で来れる距離にあるそれはアスカも何度か来たことのある場所だった。これほど注目されたことはなかったが。
 アスカは自分の右手首を掴む秀人を見た。寝ぐせの付いた髪、上下スウェットに黄色いクロックス、昨日と大して変わらない格好だ。
 近所のコンビニならまだしも、人通りの多いこの場所で秀人は浮いていた。
 けれどアスカはそれだけが理由では無いと気付いていた。人が通り過ぎるたびに聞こえる囁き声、中性的で綺麗だと言える秀人の顔に男女問わずが振り返っていた。

 アスカの注視に秀人が不思議そうに首をひねった。

「アスカちゃん? どーしたの?」
「いえ…、よくその格好で外に出れたなと」
「え? 変?」
「変ていうか、浮いてる」
「そっかーじゃあ僕も服買おっかなっ」

 言って、秀人が入ったのは高級ブランドの店だった。気後れしたアスカは一度足を止めるも秀人に引っ張られ中へ入った。
 スーツを着こなした初老の男性スタッフが2人に近付いて来て、アスカは追い出されるんじゃないかと思い、身を堅くした。

「秀人様、お久しぶりでございます。本日はどういった物をご所望ですか?」

 丁寧にお辞儀をした男性は恭しく尋ねた。驚くアスカを残して秀人は答えた。

「お久っ 僕の服をテキトーに見繕ってくれる?」
「かしこまりました」
「アスカちゃん待たせてるから、なるべく早くお願いね」
「はい」

 男性が店の奥に消えて、やっとアスカは息を吐いた。

「アスカちゃんっ! あっちにレディースもあるから見に行こ?」
「残念ながらこんな高級品を買えるお金を持ってません」
「そんな心配してたの? 僕が払うから値段なんて気にしないでっ ほら、コレとか可愛い!」

 本当に何者なんだ、と怪訝な目を向けるアスカに純白のワンピースを見せて秀人は1人で盛り上がっていた。

 結局、秀人はジュアルスーツ一式と、アスカはワンピース2着にプリッツスカートにキャミソールと薄手のカーディガンそれからシャツも何枚か買った。
 全て秀人が払ったその値段を、アスカは見てみないフリをした。心臓に悪すぎるからだ。

 早速カジュアルスーツに着替えた秀人はやはり綺麗だった。

「次は下着かな?」
「一緒に選ぶつもりですか」
「だって好みのブラ着けて欲しいし」
「変態。アンタには見せません」

 アスカは少しでも格好いいかも、と思ったことを後悔した。



「うわっ見てアスカちゃん! コレちょーエロいっ」
「通報されたいんですか」
「売り物だよ? アスカちゃんはエロいのより可愛い系のが好き?」
「シンプルがいい」

 ランジェリーショップでも秀人が悪目立ちするかとアスカは思ったが、身だしなみがきちんとしているからか、中性的な顔立ちのせいか、不審な目を向けられることはなかった。ただ、カップルだと思われていそうで嫌だった。だからといって何かをする訳でもないけれど。

「それにしても、ヒデトはどうしてそんなにお金持ってるんですか」

 秀人に渡されたど派手な下着を棚に戻してアスカは聞いた。秀人は考えるように上を見上げた。

「んー。…僕のパパ、結構大きな会社の社長さんなんだよ。で、ママはキャバ嬢で妾。宙ぶらりんな僕は金とあのマンションを与えられてるって感じ」

 あ、妾って愛人ってことね、と付け足した。

「だから金は掃いて捨てるほどあるんだよーん」

 ふざけたように笑う秀人にアスカは少しムッとした。それから可哀想だと思った。この人は寂しい人なのかもしれない。

「お金を粗末にしちゃいけません」
「あっそうだね。うん、だから今有意義に使っちゃおうよ」
「この買い物が有意義?」
「金は貯めるより使わなくっちゃねっ」

 柔らかに笑う秀人は有無を言わせない雰囲気で、押しに弱いアスカが拒否する術を知っている筈がなかった。

 それからレストランで遅めの昼食をとり、買い物は続いた。アスカの服に日用品や雑貨、どれも高級品であった。

 両手に買い物袋を持って帰る途中、アスカは浮かない顔をしていた。

「アスカちゃん? 疲れた?」
「いえ。買ってもらってばかりで心苦しいだけです」

 しかもブランド品だ。同じような物でもっと安く買えるのに、とアスカはひとりごちた。

「ブランド嬉しくないの?」
「特別嬉しいとは思いません」
「えぇ? なんで? 女の子はみんなブランド物が好きなんじゃないの?」
「私はブランド物が欲しいと思ったことはあんまりないです」
「へぇ…。じゃあアスカちゃんはどんな物なら嬉しい?」
「物、じゃなくてもいい」

 心のこもった、なんて言うつもりはないけれど。むやみやたらにブランド物をもらうよりも自分に見当たった何か、自分のことを想ってしてくれたらことなら嬉しいとアスカは思う。
 秀人もアスカのことの想ってはいるのだろうけど、突飛過ぎて付いていけないのが本音だった。

「でも、だから、今日はありがとうございます」
「え?」
「いっぱい買ってもらって、ありがとう」
「…どう、いたしまして」

 お辞儀をして礼を言うアスカに秀人は驚いて反応が遅れた。まるで礼を言われるなんて思っていなかったようにぎこちなく笑う。
 秀人の楽しそうでも柔らかでもない笑顔をアスカは初めて見た。照れたような笑い方に少しおかしくなった。おかしくて、どこか見覚えがあるようで。

「ヒデト、顔が変」
「えぇっ ていうかアスカちゃんが笑った!」
「だって変な顔、ふふ」
「ひどいよぅ…でも笑ったアスカちゃん可愛い! どうしようっ可愛い!」

 騒ぐ秀人にアスカは笑顔を消して、うるさいとたしなめた。

「ところで、家に帰ってもいいですか」
「うん? 帰ろう、マンションにっ」
「………」

 右手首を掴んだ左手は当分離れないかもしれない、とアスカは諦めに入った。

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