(なことと慈草と里々)

 泣かないね、二人は。

 僕がそう呟くと、里々と野棚さんが示し合わせた様に変なものを見る目で此方を見た。その外見の持つ雰囲気は全然違うけれど、こういうふとした瞬間の表情は時々不思議なくらい似ている。少し訝しむような、それでも否定する気はない生温く優しい顔。

「……どうした、天籟。いきなり」
「急にそう言ったことを言われた場合にどう反応したらよいのか、正直俺には測り兼ねるところがあるよ」

 放課後の図書室、いつも通りの緩やか過ぎる空気、僕と野棚さんと里々。たまたまだろうけれど、きっと合わせたわけじゃないのだろうに、里々が眺めている本も野棚さんが読んでいる本も同じ作者の物だった。僕はそれに少し笑った。二人は、ますます怪訝そうな顔をして、互いに顔を見合わせる。
 野棚さんと里々は幼馴染なんだそうで、やっぱり長く一緒に居ると似ていくものなのだろうか。そうだとしたら、僕はいことに似るということになるけど、それは何か違う気がした。

(もしか、彼らは似ていたからずっと一緒に居たのかも、知れない)
(僕といことが、決して離れられないのとは違って)

 いいなぁ、とか。そういう子供みたいな、簡単だけどどうしようもない感情がたまに頭の中を占めてしまっては、僕は自分のしょうもない度合いに頭を抱えたくなる。ばかみたいなやきもちみたいな気持ちは、きっと、どちらに向けたものでもなくて。

「君らが泣いてるの、見たことないって思った」

 言ったら、僕は誰かが泣くのを殆ど、いや、全くと言って良い程見ない。誰かが泣くのは、悲しいし苦しいことだから。出来る限り避けていくべきことなのだと思っている。思って、いた。
 泣き顔なんて見たいと思わなかった。誰にも泣き顔を見せたくないのと同じくらい。誰かの中に踏み込むのも、踏み込まれるのもごめんだ。傷を抉るだけの視線なら、要らないから。

 ──そう、思ってたんだけどなぁ。

「そりゃあ、さ。この歳にもなって、ぎゃぁぎゃぁと泣き喚く機会も少ないだろう。少なくとも俺は、今更世の中の理不尽さに喚いてやろうなんて思いもしない」

 里々が言って、野棚さんに視線を寄越す。彼女は彼女で少し考えたらしいあとに「そうだな」とだけ言った。その目線が何かの諦めを匂わせる。
 わざわざ泣くこともなくなってしまったと、二人は言う。じゃあ、君たちは一体何処で泣いていたのか。

 僕が、ふぅん、と一つ興味なさげを装って返事をする。野棚さんはそれきり本に目線を戻して、だけど何か考えて居るのか、目は文字を辿らなかった。里々は、まだ僕のことを見ている。その悟り屋な目は、僕の中の黒々とした汚いものを見つけて、しまうだろうか。

「──泣いてほしい?」

 少しの静寂を持って、里々の柔らかめで落ち着いた声が落ちる。言葉は地面にぶつかる前に空中で霧散して、僕の肺の中に入ったんだ。見透かされた不快感よりも、見つけてくれた安堵の勝る情けない僕に。
「泣いてほしいのかな、なこと」
 野棚さんは、あくまで此方に耳だけ寄越す形で会話を聞く。その目は時折、優しさを持って僕や里々を捉えた。

「泣いてほしい、とか」

 そんなのは酷い話だと思う。まるで他人の不幸を望むようなものだ。受容されるような感情じゃないよ。そんな優しい声と優しい視線で許されていい感情じゃ、ない。
 僕の無様な感情の揺れはきっと里々には筒抜けで、彼は言葉を模索するように一瞬視線を泳がせた。

「私は、お前が泣くのを見たことがないな」

 と、野棚さんが、とうとう本を閉じて、僕を見て言った。里々とは違う、ちょっぴり冷たそうな固い声。だけど僕はその声の中に野棚さんの優しさがあるのを、知ってる。自惚れじゃないと、いい。

「たまに泣きそうにするくせに、いつもお前は笑うからうざったい」
 ぱしんと言い切るのが凄く彼女らしい。うざったいって、対本人で言っちゃいますか、フツー。
「それは俺も思うな。表情の使い方が器用なのは認めるが、まったく自分の感情を隠せているつもりなのが鼻に付く」
 くすくすと笑いながら、里々が更に追い掛けて付け足す。

 歯に衣着せない台詞の一つ一つが、聞いた僕にだけ伝わる甘やかしで溢れててくすぐったい。だめだこの環境。甘やかされてる。

「そんなん、全部お互い様じゃんか」

 泣かない代わりに笑うひとたちだった。泣く代わりに本を買って、泣く代わりに無機物を愛して。じゃあ、泣く代わりに、僕は?

「天藾なんか泣けばいいと、私は思う」
「あはは、やだな野棚さん性悪っ」
「慈草も泣かないから、泣くのを見たいね俺は」
「お前になど泣くか」
「りりたんだって泣いたら絶対面白いって」
「りり言うな」
「はいはい、里々ね、さーとーり!」

 泣いて欲しいんだと思う。ばかみたいに泣きそうなときに、泣いて欲しいんだと思う。泣かない誰かに泣けというのは、難しいことかも知れないけど。

(ぼくがなかなきゃきみがなかなくて)
(きみがなかなきゃぼくはなかないから)
(そして僕ら、ちょっぴり笑ってしまうのです)




淡白の伽さんから相互記念にいただきました!
ありがとうございます!大好きです(^O^)/


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