卒業して思ったの。あの音楽室で少年のピアノを聴くことはもう、ないのかもしれないって



少年の留学は8月に決まった。それまでは日本で今まで通りに学校にいるらしい。音楽学校でもあるからそういうのには寛大で、1学期だけの通学も許されたと言っていた

だから今日も旧音楽室でピアノを弾いてる。なんでも水森先生に留学の話をしたら、頭掻きむしりたくなるくらいに課題を出されて。それから殆ど音楽室に篭っているらしい

卒業生である私がいる理由はその少年にある

学校が早く終わったから、そのまま少年と会うために遊びに来たんだ。職員室で会った水森先生は笑って入れてくれたし、少年は驚いたような呆れたような顔をして迎え入れてくれた

でも話をしたのは最初の2〜3分だけで、練習したいから大人しくしててくださいと言われた。せっかく会いに来たのに、と思わなくもないけど、少年のピアノを聴きたくて来たのもあるから邪魔しないようにと、窓辺に座った。少年の斜め後ろ。前を見てピアノを弾いている少年の視界にはきっと入らない。でも私からはよく見える位置だ

大きなピアノと、それを一心に弾く少年と。曲は穏やかで暖かい感じで、今の季節に合ってる。けど多分、季節とか関係ないんだろうな。私が勝手にそう感じてるだけだからね

でも、それでいいんじゃないかなーって思う。音楽ってそういうものなんじゃないかなって。聴く人によって、弾く人によって変わっていく。作った人の気持ちももちろん大切だけど、私には分からないし。調べれば分かるだろうけど、うん、興味ないからね。それに少年に訊いた方が早いし(覚えるかどうかは別として)

それよりも私は、ただ少年のピアノを聴くことがすきだから

キレイな音を聴いて、キレイだなー、すごいなーって、思って楽しむ。それで十分。細かいことは少年に任せておく

こうやって少年がピアノを弾いているところまじまじと見るのは久しぶりだからかな。新鮮な感じがする。少し前までは毎日(は言い過ぎかな)のように聴いてたのに…


「(少年が留学したら、聴けなくなっちゃうんだよね…)」


口の中で呟いて、少年の背中を見る。動かないように見えて実際はよく動いてる。腕が右に行ったり左に行ったり。あ、上に行ったりもするんだ。地味に足も動いてる? そういえばピアノの足元にペダルみたいなのが付いてたっけ。アレって何なんだろ? 後で訊いてみようかな

なんだか見てるだけで楽しくなってきた。やっぱり近くで聴くっていいな。ピアノの音が直接響いてきて、少年の音が流れてくるこの感じ。すき、だなぁ

あ、イイコト思い付いた

音を出さないようにゆっくりとカバンから携帯電話を取り出してカメラ機能を起動した。それからムービーモードに切り替える。少年の後ろ姿とピアノが写るように構えて、スタート

始まりの音で気付かれるかと思ったけど、少年は集中してるみたいで大丈夫だった


「………」


ズームにして、少年の背中を撮る。なんだかやっぱり大きくなった気がするな。身長もその内抜かされちゃうのかな。今はまだ同じくらいだったはずだけど。目線が一緒って、ちょっと嬉しいのにな

白いシャツが揺れて、曲が終わった

あ、どうしよう。終わりの音で気付かれちゃうかな。…保存しちゃえばこっちのもんだよね、よし


「………」


ズームアウトしてピアノと少年を収めてから終了ボタンを押したら、丁度、少年がまたピアノを弾き始めた。そのせいか、今度も気付かれる事はなかった

にやける顔を隠しもしないですぐに保存した。これでいつでも少年のピアノが聴ける。そう思うと余計に顔が緩んでしまう。まぁ、見られる心配はないからいいけど

小さな小さな画面、音も画質もそんなにいいとは言えないだろうけど。それでも少年のピアノには変わりないから

コレはきっと、私のお守りになる。そんな予感がする


箱の中の音楽室


「…何、にやついてるんですか」
「べっつにー?」
「(今度は何を企んでるんだか)」


20121003


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