「ねぇ、少年! あれ弾いて! あの、アリース イーン ワンダーラーンド ってやつ!」


演奏者は練習していた曲を中断させられ、あからさまにため息を吐いた。仕方なしに鍵盤から目線を上げれば、キラキラと目を輝かせた聴き手がそこにいた。


「なんですか、その音外れてまくりの歌は。呪い?」
「んな! なんてこと言うの! ヒドイ!」
「先輩の歌よりマシです」
「キー! 生意気!」
「上等ですよ」
「もうっ、すぐそういうこと言うんだから!」


ちょっとつつけばすぐ怒るのに次の瞬間には笑っているから不思議だと演奏者はいつも思っていた。きっと聴き手のような人を喜怒哀楽が激しいと言うんだろう。


「まぁいいや。とにかく聴かせて?」


座っている演奏者の方が必然的に目線は下なのに、上目使いをされているようだった。さらに首を45℃斜めにして言ってくるのだから質が悪い。

なぜって、ソレをされると断れないからだ。聴き手自身は分かってないからまだマシなんだろうかと演奏者は頭の片隅で思う。断れないことは分かっているのだけど、すんなり聞くのは癪だから聴き手の顔を見てもう一度ため息を吐いた。それでも聴き手の顔から笑みが消えることはなかったけれど。


「…なんで急にアリスなんですか?」
「ウチに絵本があってね、しかも絵が可愛くないの。てか、私が落書きしちゃったからなんだけどね! せっかくの金髪が黒いマジックで塗りつぶされてて。なんで小さい頃って落書きしちゃうんだろ?」
「聞いてるのは僕です」
「あ、そっか。まぁそんな感じなのよ、スッゴいの。でもね、なんでか好きなんだよねぇあの絵本」


その絵本を思い出しているんだろう、聴き手は苦笑していた。


「…曲に繋がってないんですけど?」
「あ、でね、某夢の国のアリスも好きなの! だからアリスの曲が聴きたくなっちゃった!」
「…」


だから、が無理やり過ぎる、と演奏者は頭を振りたくなった。今に始まってことではないけど。諦めが入ってる自分が悲しくなる。

それでも頭の中では曲の楽譜を探していて、旋律を思い出していた。弾く準備は万端だ。呆れたって結局は聴き手の要望を聞いてしまうのだ。

演奏者は休めていた指を軽くほぐす。鍵盤に両手を置いて軽く音を出せば聴き手が嬉しそうに顔を煌めかせた。


「ちゃんと弾いたことないんであまり期待しないでくださいよ」


そう言って、演奏は始まった。


始まりは
いつも少年の指から



Alice in Wonderland by Lewis Carroll

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