彼とケンカしました
きっかけは多分些細な事、だって覚えていないんだから。あの日はちょっと嫌な出来事があって、なぜか彼と口論になってしまって、もう知らない! って言って切ってしまったんだ
せっかく彼からの久々の電話だったのに。後悔しても、電話からはもう通話切れの電子音しか聞こえなくて。かけ直す勇気も、メールをする勇気も出なくって、1週間が過ぎてしまった
「……はぁ」
自分の部屋で電話を片手にため息。なんでこんな事になっちゃったかな
彼とケンカ、というか口論はわりとよくしていた。でもそれは高校の時の事で、間近で会って話していたから。だからすぐにどちらかが折れて、大した事にはならなかった(私が勝手に怒ってたり笑ってたりしてただけな気もするけど)
電話やメールじゃ、ケンカになんてならないと思ってたのに
「はぁあー…」
ため息ばかりしたって意味はないと分かってる。早く電話して、この間はごめんねって謝ればいい。そうするべきだ
だけどもし、もしも、彼に嫌われていたら? 面倒くさいやつだって見切られてしまっていたら?
そんな考えが頭を巡っては浮かんで、通話ボタンを押せないでいた。1度感じた不安は消えなくなって、時間が経てば経つほどに大きくなっていった。悪循環に嵌まってる
「………」
ベッドの上に座り込んでもう何分経ったかも分からない。にらめっこをしていたって、私の負けは決まってるのに
♪〜
「…っ!?」
突然、着信音が鳴り響いた。あまりにも驚いて電話をベッドに落としてしまった。慌てて画面を覗き込めば、見知らぬ番号が表示されていた
この桁数は、海外から? もしかして彼? でも彼の番号は登録してあるし
迷いながらも出ない訳にはならなくて、恐る恐る通話ボタンを押した
「…はい?」
「Hello it's me. Ah, I'm Jan!」
「えっ(英語っ!?)……どちら、さま?」
「Oh, sorry. あーボク、ジャンです。覚えてます?」
「…、あっ!」
ジャンと言われて思い出した。彼の友達(と言ったらただの隣人って訂正されたけど)のジャンだ。彼の話に出てきたり、向こうに行った時に会ったりもした
ジャンくんは背が高くてそばかすが似合ってて、よく表情が変わる元気な少年。日本語も勉強してたらしく、会う度に上手になってたっけ(日本語を習おうと思ったのは彼と仲良くなるためで、彼に日本語教えてと頼んだらけんもほろろに無理って断られたらしい。でも、だからこそジャンくんは自分で猛勉強したらしい、ていうのは蛇足かな)
「え、あ、ジャンくん? 久し振りだね」
「ヒサシブリ! 元気?」
「うん、元気だよージャンくんは?」
「オォー元気だよ」
言って、少しの沈黙。ジャンくんの日本語はまた上達したように思う。たどたどしさは随分となくなっていた。ただ、言葉を選んでいるようで。急にどうしたんだろう?
「ジャンくんと電話するの、初めてだね」
「あーゴメンナサイ。サクの電話、カッテニ見たんだ」
「そうなの? …私に何か用だったの?」
「ウン、そうなんだ。なぁ、もしかしてだけど、サクとケンカした?」
「え?」
控え目に、だけどほとんど確信しているみたいだった
まさか彼が相談したの? え、これって最終告知? 彼の声も聴こえないで終わり? サヨナラなの?
どんどんマイナスに沈む私は答えずにいたけど、ジャンくんはそれを肯定と取ったようで短くため息を吐いた
「やっぱりかーそんな大ケンカしたの?」
「……」
「アレ、聞いてマス? オーイ!」
「えっ、あ、ごめんなさい。…彼に、何か言われた、の?」
「サクに? いや、ナニモ。アイツ全然話さないもん」
不満に思っていたのかジャンくんは「ホント、ヒミツ主義だよナ」と、愚痴を溢した
「最近なんてスゲー機嫌ワルイし」
「…そうなの?」
「ソウナノ。それに音が、あのーアレ、ヘンなんだ」
「変?」
「ピアノの音、フダンなら透き通ってるのに、すごくダークでカタイとか、ツメタイって言うの? とにかくコワイんだよ」
「怖い…」
「モトカラ近寄りがたいけど、今はコワすぎてみんな避けてるし」
苦笑まじりに言っていたけど、きっと本当に怖いんだろう。彼は普段から自分にも他人にも厳しいのに、機嫌悪い時なんて尚更だろう
あれ、でもそれと私達のケンカってそんなに関係あるのかな? 疑問をそのまま口にすると間髪容れずに頷かれた
「大有りダヨ! 大体ね、サクにあんなエイキョー与えられるのはセンパイだけだから!」
「え、なんで?」
「なんでって、サクはセンパイがいるからピアノを弾けてるンダヨ」
「…えっと?」
「サクはセンパイのためにピアノを弾いてるんだって」
あまりにもあっさり言われたから、聞き逃してしまいそうだった
私のために彼がピアノを弾いてるなんて、そんなまさか。だって今は、こんなにも離れてるのに
「…私なんていなくても、朔真は、平気だよ」
「全然ヘーキじゃないヨ! センパイがいなくなったらサクは生きてイケナイって!」
「そんな、大袈裟な…」
「あーナグサメとか思わないで。コレ、全部ボクの本音ネ」
戸惑う私に、ジャンくんは諭すように言った
「前にサクから聞いたンダヨ、センパイのために、センパイがいるからピアノを弾いてるって。ボクもそのトーリだと思う。サクのピアノはスゴク上手いけど、センパイがいると全然チガウんだ」
耳から入った情報をすぐには理解できなかった。私の反応がないからか、ジャンくんは殊更ゆっくりと続けた
「気付いてないみたいだから言うケド。センパイがソバにいる時のサクのピアノは格別ダヨ。カリスマ云々じゃなくて、感情がそのまま聴こえてくる。サクがセンパイをどれほどスキか、ダイジに思ってて、愛してるか。ダイレクトに伝わってくるンダ。それでいて演奏はカンペキなんだから、オテアゲだよネ」
最後は茶化すようだったけど私にはあまり届いていなかった。顔が熱くて、身体中熱くて、本当に火でも出したいくらいだったから
これが電話で良かった。だって今、絶対情けない顔してる。泣きそうだし、恥ずかしいし、嬉しいし、もう意味が分からない
「ナンドモ言うけど、遠く離れてたってサクはセンパイを想ってピアノを弾いてるヨ。モチロン、それ以外の時もだろうけど。センパイもサクのコトを想ってるって、思ってた。…2人は繋がってるンダナーって思った。チガウ?」
責めている声ではなくて、ただ心配して気遣ってくれてる音だった。それが少し私を落ち着かせた
「…違わない、けど」
繋がっていたらいいと思う。ただ繋がってると確信するには自信が足りない
迎えに来ると言ったのは彼で、待ってると言ったのは私だ。その気持ちは変わらない。でも彼の気持ちは分からない。海外にはキレイな人も可愛い人もいっぱいいる、信じてないんじゃないけど心変わりしたらって思うと不安になった
ちょっとした口ケンカさえもすぐに仲直りできなくて、やっぱり遠く離れてるんだなって痛感した
重荷になってたらどうしようって、ずっと思ってた
「…もう、嫌われてるかもしれない」
「それは無い、ゼッタイ無い」
「でも…私、すぐ怒るしへそ曲げるし、わがままばかりだし…。面倒くさいって思われてるかも…」
「そんなコト無いって! ンー、今のサクを見せられたらカンタンなんだけどナー。1週間前から急にキゲン悪いし元気無いし、ピアノもヒドイし。今日なんてガッコー途中で帰らされてたし」
「ウソ…」
「ホントーです。じゃあ、逆に聞くヨ? センパイはサクの事、メンドーって思った? 距離が遠いからココロカワリした?」
「そんな事、思わないよ!」
そんな事を思う筈がない。だって彼のおかげで私は笑えてる。会いたい時すぐに会えなくても、音は聴こえる
優しい音、温かい音、彼の音
彼はいつだって私を元気付けてくれるから、笑顔にさせてくれるから。私も彼にとって、そうでありたいと思う
「なら、ソレが答えなんじゃナイ?」
ジャンくんのしたり笑顔が浮かぶ、そんな声だった
プルル、プルル、プル、ピッ
「ももっもしもし、朔真? (ダメだどもったー!)」
「…せんぱい、?」
「あ、ああのこの間はっごめんね! 私、感情的になってた! ごめんなさい!」
「いえ…。僕も、余計な事言ったし、すみませんでした。先輩は怒ってないんですか?」
「怒ってないよ。朔真こそ、怒ってないの?」
「まさか。(…先輩に愛想尽かされたんじゃないかと危惧してたくらいだし)」ボソッ
「え? ごめん、なんとかだし、しか聞こえなかった」
「大した事じゃないから。それよりも電話ありがとう、詩恵」
「あ、や、うん。どういたしまして」照れ
喧嘩したら、
仲直りをしましょうね
20120629
演奏者の敬語がとれて、名前呼びになった頃。その辺も追々やりたいなぁ(希望)